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この夏期講習中にそれを掴んでやろうとしたのに、こんな顛末になるとは。 しかし彼はこの状況に陥っても無表情のままだ。 沢渡のようにイラついたりもしなければ、柿崎のように生き残る道を必死で模索する様子もない。 喜多見のように誰かを助けようともしない代わりに、辻のように投げやりになったりもしない。 泉は、泉のままだ。不自然なほどに。 だが……。 気のせいでなければ、彼は明らかに麗奈に優遇されている。 『ーーじゃあ、痩せちゃうね?』 小麦粉アレルギーだと言った自分に向けた確かな彼女の殺気。 ―――早く喰べなきゃ。 ―――美味しいうちに。 ―――肉があるうちに。 ―――早く早く早く早く。 心の声がこちらに流れ出してくるみたいだった。 事実、消化液のような酸っぱい匂いが彼女の口から漏れ出していた。 彼女は、自分たちを食糧にしか見ていない。 それなのに、彼に対してはどうだ? 『あとでちょっと手伝ってくれる?』 手伝う? その作業中に泉が麗奈の隙をついて殺すこともあり得るのに? 否。 。 麗奈は泉にだけ心を開いている。 ーーなぜだ。 同じクラスにはなったことはないはずだ。 委員会も部活も違う。 共通点はない。 それは間違いない。 なぜなら自分はずっと、彼女を見てきたのだから。 じゃあ二人の間に何かあったのは――――。 ーーもっと、前? そのとき、泉の後ろから近づく影があった。 ―――あいつは……! 次の瞬間、泉は髪の毛を掴まれ、木製の古い蓋に顔を押し付けられた。
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