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麗奈が立っていた場所から、沢渡までは確実に5m以上の距離があった。 それなのに、白石がたった一度の瞬きをしたその瞬間、彼女はもう沢渡の真後ろにいた。 『ーーもしかして、沢渡君なの……?』 彼女は沢渡のくせの強い黒髪を引き上げながら言った。 『泉君の首元に怪我をさせたのも、あなた?』 「あ……あ……」 沢渡は硬直したまま、それでも泉を押さえつけていた手を離しながら目を見開いた。 『私ね、イジメがイチバ●●●●●●ナノ!!』 その声は不興な音が混ざり過ぎて、言葉として聞き取れなかった。 『ワタ●●トシ●●●、●●スンノヨ!!』 髪の毛を掴んでいた手はそのまま前に滑り、沢渡の上顎を掴んだ。 『見せなさいよ、歯型で確かめてやるから…!!』 少しだけ落ち着いた声とは裏腹に、彼女は沢渡の首が後ろに折れるほど上顎を上げた。 「が……ガガガガアッ!あああ!……ガッ」 なす術もない沢渡の手が宙を足掻く。 両目から涙が、鼻孔から鼻水が垂れていく。 『よく見えないなぁ!!』 彼女は叫びながら、もう一つの手で今度は下顎を掴んだ。 口角が、まるでさけるチーズのように簡単に裂けていき血が噴き出す。 『謝りなさいよ!泉君に!』 麗奈の黒目が黒点に変わる。 「……ッ!……ろれん……ららい!」 必死で沢渡が叫ぶ。 『聞こえない……!』 しかし麗奈は黒点で睨み落とす。 「……ろれんららい……!!ろれんららい!!」 沢渡が叫ぶのに合わせて、唾液腺から噴水のような唾液が噴き出す。 それが麗奈の異様に白い頬にかかった。 『………』 「……あ……ろれ…」 『ーーきったないなぁ!』 麗奈の白い手に血管が浮き上がる。 沢渡の骨がゴリゴリと軋み、ブツブツと血管と靭帯が切れていく音がする。 「……ギャアあああアアアア!!」 沢渡の悲鳴が割れる。 ―――化け物だ。 白石はその場に立ち尽くした。 なんでこんなことになってしまったのだろう。 彼女に何があったのだろう。 1年前まで確かに、 彼女はただの女の子だったのに。 抵抗も出来ず、 突き飛ばすことも出来ず、 ただ恐怖に震え耐えていた、 か弱い女の子だったのに―――。 異様な光景を茫然と見上げている泉の制服が、沢渡から滴り落ちた血に染まっていく。 涙を流した眼球が、白く反転した次の瞬間、沢渡の上顎から上は、身体から引き千切られた。
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