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「あ………」 思わず声を出したのは白石の方だった。 彼女は蹴った人物を見ていない。 なら飛び出してくるんじゃなかった。 ーー俺じゃないよ。 そんな言葉通じるだろうか。 いや、この場合、どちらが蹴ったなんて、彼女にとって重要なのだろうか。 俺たち二人は彼女を殺そうとした。 泉一人が彼女を助けようとした。 その対比の中で、俺も喜多見も今この瞬間に、殺されるのではないだろうか。 ーーーくそ。泉め……!! 視界の端にフルフル震えている泉が映る。 あのとき彼女が井戸に落ちていれば……! 千載一遇のチャンスを潰しやがった上に、自分だけ安全地帯から高みの見物か? ーーしかもこいつ、何て言った? “麗奈ちゃん”? やはりこの二人の間には何かがある。 俺たちの知らない何かが……。 「―――俺だ」 その時、隣に立つ喜多見から低い声が響いた。 「俺がお前を蹴った」 「―――」 その至極明瞭な主語と述語に、麗奈の目が喜多見を見上げる。 「ーーどうして?私、ちゃんと柿崎君のこと殺してないよ?」 麗奈はキョトンと喜多見を見上げた。 「――――」 喜多見の視線が泉に注がれ、泉が大きく頷いた。 「それなのに、どうして私を殺そうとしたのかな」 声こそ普通だが、麗奈の瞳はどんどん小さくなっていき、やがて白目に針を刺したような黒点になった。 ーーなんなんだ。 なんなんだよ、この目は……! まるで――――。 そう、トンボみたいな……。 「み……見逃してあげてほしい……!」 と、睨み合う二人の間に、麗奈よりも背が低い泉が立ちはだかった。 「喜多見君は、僕を助けてくれたんだ。土砂崩れでバスごと飲み込まれそうだった僕を、助けてくれた……!だから喜多見君を見逃してほしい!今回だけでいいから……!」 泉はそう言って頭を下げた。 「お願い!麗奈ちゃん」 麗奈ちゃん。 そう呼ばれた麗奈の目は、次に瞬きをした瞬間、いつもの目に戻っていた。 「―――誤解だったのならいいわ。今回だけ許してあげる。 ……それもこれも柿崎君が起きてこないのがいけないのよね。夕ご飯には顔出すように言っておくね」 麗奈はフフフと笑って3人を見回した。 「…………」 白石は麗奈を睨んでいた喜多見を見た。 喜多見も眉間に皺を寄せながら白石を見た。 ーーーここは一旦退こう。 白石が後退すると、喜多見もそれに合わせた。 そして二人は2、3歩井戸から退くと、やがて踵を返し歩き始めた。 「……泉君、まず手当てしよっか。その首と…あーあ。ほっぺも擦りむいてるじゃない」 麗奈の声が聞こえてくる。 「ぼ……僕は大丈夫だよ。麗奈ちゃんこそ大丈夫?」 泉のおどおどした声が聞こえてくる。 隣の喜多見が小さく舌打ちをした。 ーーーなんなんだあいつ。 結局はどっちの味方なんだ。 まあ何にしろ。 作戦の練り直しだ。 こうなったら彼女の隙をみて逃げ出すしかない。 俺たちには、消臭スプレーがある。
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