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ある日、病室に行くと、珍しく瑠璃の姿はなかった。
慌ててベッドの下ーーいつもは彼女の上着のスリッパを置いている場所ーーに目を走らせる。
スリッパは、ない。
ということはつまり急変ではない。
辻は安堵のため息をつきながら、病室を見回した。
4人部屋。
瑠璃の姿はない。
ホールに行く。いない。
談話ルームを覗く。
―――いた。
彼女は桃ジュースの缶を両手で持ちながら誰かと話していた。
「あはははは!お姉さん、そっくり!」
瑠璃の笑い声が聞こえる。
意識はしていなかったが、彼女が声をあげて笑うのを聞くのは、えらく久しぶりだった。
「じゃあ今度はだーれだ!?『はい、検温ですよー。高橋さーん、検温です。飯塚さーん起きてますかあ?』
「看護師の横村さん!」
「あったり~!」
ーー誰だ?
看護師?いや、もっと若い。
紺色のノースリーブワンピースから覗く白い足。
長い睫毛に、厚めの下唇。
開いた窓からフワッと風が入り、彼女の長い髪の毛を靡かせる。
―――あ。マズい。瑠璃の肺に埃が……!」
辻が慌てて窓を閉めようとすると、風に気がついた彼女も窓枠に手をかけた。
「あ」
「え」
2人の手が重なった。
白く小さな手。
瑠璃より小さいかもしれないその手を、辻は見下ろした。
「ーーあ、お兄ちゃん!」
瑠璃が立ち上がる。
「お兄さん……?」
彼女は辻と瑠璃を見比べて頷いた。
「こんにちは。瑠璃ちゃんに遊んでもらってました!」
笑顔で見上げた彼女のノースリーブの肩から黒髪が滑り落ちたその瞬間、
「………どうも」
辻は、恋に落ちた。
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