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1年前―――。
容態が急変した瑠璃は、その後5日間もの間、生死を彷徨った。
「一刻の猶予も許さない状態です。早く移植手術を受けないと――」
医師の説明に、やっと両親は首を縦に振った。
「しかしドナーは順番待ちであるため、瑠璃さんの緊急性をもってしても今すぐというわけにはいきません。それまでは今まで通り病気の進行を遅らせる緩和療法と、合併症を防ぐ薬剤投与でこの期を凌ぐしかありません」
両親が相次いで重いため息をついた。
「ここ数日バイタルは安定していますが、はっきり言っていつ急変してもおかしくありません。希望は捨てずに、それでも覚悟だけはしておいてください」
母親が泣き崩れ、それを父が支えた。
「会わせたい人がいたら、今のうちに連絡を取ってください」
医師のその言葉に―――彼女の顔が浮かんだ。
しかし次の日も、そのまた次の日も、
麗奈は病院に現れなかった。
彼女の母親が入院していたはずの病棟を訪ねてみたが、ベッドには若い男が眠っていて、違う患者のネームプレートがかかっていた。
「すみません。ここにいた柊さんはどこに移ったんですか?」
病棟の看護師に聞いてみると、彼女は眉間に皺を寄せて、
「柊さん?柊明日香さんなら、夏前に亡くなられましたけど?」
と言った。
「――――」
麗奈は、自分の母親はもう死んでしまったのに、そのことを隠し、瑠璃のためだけに病院に通ってくれていたのだった。
病院を駆け出し、街中を闇雲に走った。
しかしたどり着いた高校は、瑠璃のことで慌てふためいていた数日間のうちに、夏休みに入っていた。
麗奈の連絡先も知らない。
家なんてわかるはずもない。
辻は途方に暮れた。
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