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喜多見は庭に降り立つと、足音を立てないように屋敷の周りを旋回した。
例の枯葉が動き出す気配はない。
どうやら辻の言った通りらしい。
念のため煙草を1本咥え、火をつける。
白い煙を吐き出しながら外壁に沿って進み、裏口を目指す。
煙草を吸い始めたのはいくつからだっただろうか。
そうだ。
柿崎が自分をつき放したころからだ。
************
突然態度が変わった柿崎に、困惑しないわけではなかった。
しかし彼のことを恨む感情など、これっぽっちも湧かなかった。
物心ついたときには親はいなかった。
母親は病死らしい。
父親は知らない。
誰も教えてくれなかったから。
『この歳でもう一度子育てしなきゃいけなくなるなんて思わなかった』
祖母は近所の人の前でいつもそう嫌そうに言った。
『夏休みだからってどこかに連れてってもらえるなんて思うなよ』
いつも疲れたようにため息をつく祖父は、自分の肩を揉みながら言った。
誰にも愛されない。
誰にも必要とされない。
そのかわり、
誰にも傷つけられない毎日。
灰色のゴミのような人生だった。
燃えるのも、
燃えないのも、
全て一緒くたになって、
混ざって混ざって混ざって、
ゆっくり埋められ朽ちていく。
そんな人生に――――
『なあ、喜多見』
あいつが―――
『社会科見学、どこに行くか決めた?』
光をくれた。
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