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◆◆◆ ザッザッザッザ。 どんなに足音を潜めようと思っても、枯葉や小枝を踏む音がどうしても響いてしまう。 それでも泉の前を歩く白石は、迷いなく杉並木を触りながら進んでいく。 結局、麗奈はどうしてああなってしまったんだろう。 その鍵を握るのは、彼が発したあの言葉だ。 あれが本当にそうだとすると……。 ************ 『泉……お前に頼みたいことがある』 辻が最後に自分に託した願いは、無病息災のお守りを、臓器移植手術を控えた妹さんに渡すことだった。 『あいつは一度、大切な人を失ってる。その上、俺までいなくなったら―――』 辻は悲痛そうな面持ちで唇を噛みしめた。 『せめて、気持ちのよりどころになるようなものを渡してやってほしいんだ』 『わかった。絶対に渡す』 泉は頷きそれをポケットにしまった。 『――――』 辻は、自分よりも10cm以上も小さな泉を見下ろした。 『―――お前じゃないよな』 『え?』 泉は真ん丸な自分の目とは全く違う辻の切れ長な目を見上げた。 『麗奈の相手、お前じゃないよな?……利之』 言われている意味が分からず、泉は首を傾げた。 『1年前麗奈は――――』 ************ 「聞いてる?泉」 いつの間にか前を歩いていた白石がこちらを振り返っていた。 「あ、ごめん……何?」 「だからあの枯葉って、結局何だったと思う?」 「……おそらくだけど、シャクガの何かだと思う」 「―――シャクガ?」 聞き慣れないのだろう。白石は眉間に皺を寄せた。 「シャクトリ虫って知ってる?」 「知ってるけど」 白石が向き直って歩き始めながら言った。 「あれの成虫。蛾になるんだ」 泉はそれに続いて歩き出しながら続けた。 「擬態が得意で、枯葉や木の幹などに紛れていることが多い。でもそれは多くの場合、天敵である鳥や蛙から身を守るためであって、たとえば、ハナカマキリのようにランの花に見せかけて昆虫をおびき寄せて食べるような捕食のためではない。 でも最近はハワイを中心に肉食のシャクガの品種も報告されていて、まだまだ研究段階ではあるんだ」 泉は淡々と答えながらも頭では全く別のことを考えていた。 「近年、外国への往来が増え、旅行バックや洗濯物に気づかないうちに卵を産み付けられていて外来種が日本に入ってきているという事実もある。まあ実際のところもうわからないけどね」 辻の言葉が再び脳裏にうかぶ。 『1年前、麗奈は―――』
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