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「―――ふうーー」 白石は大きく息を吐くと、みぞおちと股間を抑え込んでいた両足を開き、泉の亡骸を跨いで立ち上がった。 「――――」 うっ血した顔が、一気に青白く色を変えていく。 だらしなく開いた口から血の泡が流れ落ちる。 「……ああ。殺しちゃった」 その事実を言葉で呟いてみたところで、実感がわかなかった。 脇にあった大きな石に座り込むと一息ついた。 そんなに大変だった記憶はないが、両手はビリビリと痺れ、汗で張り付いた額の髪の毛を掻き上げるという動作でさえ難しかった。 「―――お前が悪いんだよ」 闇を映している泉の瞳を見つめる。 「お前が、変なこと言いださなきゃ。ちゃんと学級委員として守ってやったのに」 「――――」 返事のない白い顔にふっと笑い、白石は目を閉じた。 静かだ―――。 虫の声以外、動物の足音も鳥の鳴き声も聞こえない。 今、自分はただ虫たちの中心で、皆が死んだこの夜を過ごしている。 あの屋敷の化け物も死んだだろうか。 麗奈の姿形をした、あの化け物も。 「――子供?」 ふざけたことを言いやがって。 一万歩譲ってそうだったとして。 「たった1年で母親と同じくらいまでに成長するわけないだろ。それこそ虫じゃあるまいし」 クククと笑う。 「―――1年?」 その時、暗闇に低い声が響いた。 「虫の命はもっと短いよ。4月に孵化して、11月の産卵を終えた後に死ぬ虫が多いから、平均的な寿命は半年って言われてる」 「――――」 幻聴か? 泉の影は動かない。 「君の見解はつまらなかったな。怨霊?そんな非科学的なこと、僕は信じない」 「…………」 白石は立ち上がった。 泉は動かない。 動いていない。 だからやはりこれは、幻聴だ。 自分のまともじゃないパニック状態の脳みそが作り出した幻だ。 だってそうじゃなきゃーー。 意識を取り戻した泉はのたうち回って逃げるはずだし、 こんな冷静に、数分前まで自分を殺そうとしていた人間と話すことなんかできるはずがないし。 「―――じゃあ、お前の見解は?」 白石はその幻想に向かって話しかけてみた。 「もちろん」 泉は落ち着いた声で続けた。 「怨霊や、呪いなんかじゃなくて異種交配かな」 「いしゅ……?」 聞いたことのない言葉に白石は眉間に皺を寄せた。 もしこの泉の声が幻聴だとして。 冷静に話す泉が幻想だとして。 白石(自分)が知らない言葉なんて話せるか? 「つまり、入水して死んだはずの麗奈ちゃんの子供と、汚染された川で産まれた奇形の何かが合わさった」 寒いのか、暑いのかわからない。 とにかく身体中の毛が逆立ち、毛穴という毛穴から汗が噴き出してきた。 「僕は、彼女の正体に見当がついているよ」 むくりと起き上がった泉はこちらを見つめた。 「小さな物音にも気が付く耳、狙った獲物を三次元でとらえることのできる立体視。黒点に見える偽瞳孔。そして―――」 ―――生きてる。 幻聴でも幻想でもない。 ――こいつ、死んでなかった……!! 白石は慌てて立ち上がった。
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