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着物をビショビショに濡らした麗奈が立ち上がる。 『トシくん!!ひどい……!』 声が割れる。 『何するのよ…!!』 低いんだか高いんだかわからない声が、身体の芯まで這い上がるように響いてくる。 「泉……!?」 辻はわけもわからず泉を見上げた。 今さら沼に落としたって……。 『ぐうウウウッ!!』 ゴゴゴゴゴと何かが這いあがってくるような異様な音と共にどこからか変な声が聞こえてきた。 『グウウウウググウウグウ!!!』 すぐに起き上がったはずの麗奈がまた沼の中に膝をついた。 ―――なんだ? 何が起こっている? 水が弱点? 虫なのに? カマキリなのに? カマキリは水辺に生息する生き物じゃなかったか? 訳も分からず辻が彼女を見下ろしていると、 『グウウアアアアアア!』 跪いたはずの彼女の身体がそのまま水面に浮かび上がった。 浮いている? いや、違う……。 何かに持ち上げられている……? 麗奈の身体が何かに揺さぶられるように左右に揺れる。 『ガァああアア!!』 麗奈の悲痛な悲鳴を共に、その身体がついに持ち上がった。 『イタイイタイイタイイタイ!!』 麗奈の悲鳴が続く。 その臀部からは、何か黒く太いものが突き出していた。 「―――なんだあれは……」 黒いものがズルズルと彼女の尻を突き破るように、身体の中から出てくる。 沼の水が、臀部からの血で赤く濁る。 脱糞? いや、違う……! 「これは……!」 「ハリガネムシだよ」 泉は静かに話し始めた。 「腹の中に寄生し、成虫になると、カマキリを水面に飛び込ませ、そこで尻の穴から出てくる。 野生のカマキリの7割以上が寄生されてると言われ、出てくるときに宿主の内臓をズタズタに傷つけながら出てくるため、ハリガネムシが出て行ったあとのカマキリは、短時間で死んでしまう」 『いだいだいいだいだい!!』 麗奈は目から涙を流し、鼻水もヨダレも垂れ流しながら、顔を左右に振って悶えていた。 しかしハリガネムシは容赦なく彼女の尻を突き破るように、彼女の脇にとぐろを巻きながらズルズルと這い出して来る。 身の毛もよだつ光景に辻はひっくり返り腰をついた。 「麗奈ちゃんが、お風呂に拘った理由。それは無意識に水面を求めてたんだと思う。 ハリガネムシは宿主の脳をコントロールするから」 這い出たハリガネムシは、今度は勝利を鼓舞するかのように高く立ち上がり、麗奈の身長の2倍はあるかと思われる身体を自慢げにピンと逸らせた。 「がッア゛あ゛あ゛ああ゛」 麗奈は苦痛に泡を吹きながら、目を見開いて、ただ涙を流している。 いてもたってもいられず、辻はザブザブと沼に入った。 「辻君」 泉がその肩を掴んで呼び止める。 「こんな……。むごすぎるだろ!殺してやった方がマシだ!」 「どうせ直に死ぬよ。彼女の内臓は今、ボロボロだから」 淡々と話し続ける泉を、辻は振り返った。 「――お前、よくこんなこと、平気で……」 しかし―――。 「………麗奈ちゃん。ごめんね」 無表情に話していたはずの泉の目から涙がこぼれ落ちた。 辻は言葉を無くした。 ーーー俺も、 きっとこいつも、 本気で柊麗奈を愛していた。 辻はゆっくりと再び麗奈の方を見つめた。 『ア゛……ア゛ア゛……』 口の端から赤い泡を吹いていた麗奈の黒目から光が失われていく。 ズルンと音を立てて麗奈の身体から這い出たハリガネムシが水中に消えるとともに、麗奈はうつ伏せに沼に突っ伏した。 そして二度と、 動くことはなかった。
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