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保護された後、民宿で簡易的な治療を受けてから、警察車両に乗せられた。
「親御さんにはこちらから連絡を取ったよ」
麓にある派出所から出向してきてくれたという警察官2名は、後部座席に座った辻と泉を交互に見た。
「辻君はお父さんが、泉君はお母さんが、総合病院まで向かってくれているから。すぐに会えるからね」
辻はヘッドレストに頭を付けて長い息をついた。
父の顔が浮かぶ。
もう二度と会うことはできないと思っていたのに。
瑠璃のことで精神をすり減らして、めったに笑わなくなってしまった父。
こんな形で息子を失うなんてことにならなくてよかったと心底思う。
母だってそうだ。
瑠璃の肺移植の件で未だに迷っているのに。
辻が一生瑠璃の面倒を見るという言葉にも悩んでいるのに。
自分が死んだら、ますます移植手術に関しては消極的な考えになっていただろう。
良かった。
生きていて。
動かない右手の代わりに、左手で溢れてきた涙を拭う。
警察官2人は気づかないふりをしてくれているのか、それともまだ自分たちが化け物相手に死闘を繰り広げたということに対して半信半疑で警戒しているのか、バックミラーでちらりと見た切り、車内は沈黙に包まれた。
と、順調に山を下ってきたはずのパトカーはゆっくりと停車した。
辻は瞼を開けた。
警備員のような人物が赤い棒を振りながら、土砂のせいで交互通行を余儀なくされている道路で誘導をしている。
「……あ」
泉が声を出した。
振り返ると、彼は窓に張り付くようにして外を見ている。
「…………」
視線の先を追うと、そこには1頭の蝶々がいた。
「――アゲハなんて珍しくもないだろ」
その横顔に呆れながら言うと、
「あれはね、アゲハじゃなくて、アサギマダラっていう蝶なんだ。タテハチョウ科に属する、山でよく見かけられる蝶で、国蝶選定の際に候補にも選ばれたほど美しい模様を持ってるんだ。ほら」
泉がシートに背中を押し付ける。
確かに淡い水色からピンクまでのグラデーションに、黒い模様映えて美しい。
「でもね、毒があるんだ」
泉は静かに言った。
「へえ。見えねーな」
辻は窓ガラスにとまった蝶を見てから、視線を泉に戻した。
「そんなに虫に詳しいのに―――」
辻は一瞬前に座る警察官たちを見てから、声を潜めて言い直した。
「そんなに虫に詳しいくせに、麗奈の正体にはなんで気づかなかったんだよ」
ほんの冗談と、僅かな嫌味を込めて言ったつもりだったが、泉はピクッと反応したかと思うと、包帯が巻かれていて少し潰れている左眼でこちらを見た。
「ーー誰が、麗奈ちゃんの正体に気づかなかったなんて言った?」
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