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「―――は?」 辻は泉を見た。 「……泉、お前もしかして、最初から全部気づいていたのかよ?」 「だって……」 泉は口に手を当てた。 てっきり麗奈の奇行を思い出して吐き気を催したのかと思った。 麗奈の苦しむ顔や死んでいった同級生を思って、涙が込み上げたのかと思った。 しかしーーー彼はクククと笑い出した。 「だって、あの鮮やかな切り口、目にも止まらぬスピード、複眼に偽瞳孔。食べることと繁殖のことしか頭にないこと。 全てがカマキリの特徴、そのままなんだもの。気づくなって言う方が無理でしょ」 ―――なんだこいつ。 そうだとして……。 いや、そうだとしても……。 なんで笑っている……? 「白石君が興味深いことを教えてくれてね」 泉は口の端を引き上げて笑った。 「オタクとマニアとの違いについてなんだけど。その対象物を、心底愛しているのがオタク。底知れない興味を抱いているのがマニアなんだって」 ―――何を言い出したんだ。 車内は冷房が効いているはずなのに、こめかみから汗が滴り落ちる。 雨でも降ってきたのだろうか。 外からサラサラと何かが流れるような音が聞こえる。 辻はコクンと唾液を飲み込んだ。 「その理屈からいくとね、辻君。僕は虫マニアなんだよ。 虫についてなら、蝶だってゴキブリだって、何にだって触りたいし、どんなことでも知りたい。 でもそれに対して愛情はない。 足をもがれてどんなふうに生きていくのかを知りたければ躊躇なくもいだりするし、溺れてどんなふうに死ぬのかを見たければ平気でプールに落とすよ」 言わんとしていることがわからない。わかりたくもない。 しかし1つだけ、 どうしても聞いておかなければいけないことがある。 「お前……麗奈の正体がわかっていたなら。カマキリの弱点がわかっていたなら……」 辻は泉を睨み落とした。 「なんで、井戸に落ちそうだった彼女を助けた……?」 あそこで麗奈が井戸に落ちていれば。 身体が水についていれば。 麗奈は死に、白石は助かった。 そして、あいつも……! 「喜多見は、お前のことを命を張って助けたんだぞ……!」 眼球の奥から怒りが湧いてくる。 あそこで全てが終わっていれば。 2人の命は助かった。 麗奈自身だってあんなに苦しむこともなかったかもしれないのに……! 「――だってさ」 泉は上目遣いで口を開いた。 「普通、カマキリは話さないじゃん?」 「はあ?」 「ずっと謎だったんだよね。ハリガネムシが出てくるとき、カマキリが痛いのか。苦しいのか」 「……お前……なに言って……」 「虫の表面はね、外殻だから痛点がないんだよ。でも内部には脳から伝わる神経がある。だから内臓は痛いはずなんだ、理屈で言えば。でも痛いかなんて聞いても、虫は答えてくれないじゃん」 彼は当たり前のように言い放った。 「僕、どうしてもそれを聞いてみたかったんだよね。井戸の中じゃ暗くて顔も見えないし、音も声も反響して、反応がわかんないから」 ―――だから、助けた……? 自分の目の前でハリガネムシが出てくるのを見るために……? こいつ……。 オタクやマニアなんてかわいいもんじゃない。 ―――狂ってる。 辻が目を見開いたところで、赤い警棒を振っていた男が叫んだ。 「ーー土砂崩れだあ!」 辻はその声に窓の外を見上げた。 そこで初めて、サラサラと聞こえていた音は雨ではなくて、斜面を転がり落ちてきた砂や小石であることが分かった。 少しずつ粒が大きくなっていき、握りこぶしほどの大きさの石が泉の脇のガラスにぶつかった。 後退しようにも、後続車がいて動けない。 運転席の警察官がシートベルトを外しながらこちらを振り返った。 「助手席側から車から降りてください!早く!」 辻はドアを開け放った。 ドゴン。 先程よりももっと大きな岩が窓にぶつかる。 流れ落ちる土がガラスを覆っていく。 細い木が滑り落ちてくる。 その剥き出しになった根っこが窓ガラスに当たった。 慌てて後部座席から外に飛び出した時には、すでにパトカーのボンネットは半分ほど土砂に埋もれていた。 「――あ!」 そのとき、背後で声がした。
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