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◇◇◇  無人の廊下は静まり返っていた。 泉にドアの前を指さすと彼は頷いて、廊下の気配を窺った。 障子を開ける。 女子特有の甘ったるい匂いに、古い畳の匂いが混ざる。 懸念された精液の匂いはしないことにほっとしながら、辻は一人、部屋の中に入った。 敷きっぱなしの布団を踏みながら、中が無人であることを確かめる。 押し入れを開ける。 布団や掃除機があるだけで、いない。 やはり山田はこの民宿から出たのか? それともこの部屋ではなく、屋敷のどこかに隠れているのか? 「……あ!」 そのとき、廊下にいた泉が声を上げた。 「どうした?」 聞くが、彼は廊下の先の方を見て口を開けたままだ。 ―――まさか麗奈にバレたのか? 辻は開けた障子に手をかけながら廊下を眺めた。 「……なんだ、お前か」 そう言うとこちらに向かってくる白石は、 「ご挨拶だな」 と言って笑った。 「お前はうどん作りに混ざらなくていいのかよ?」 辻が馬鹿にしたように聞くと、白石は真顔で言った。 「小麦アレルギーなんだ」 「――へえ」 心の底からどうでもよくため息をつくと、白石は部屋を覗き込んだ。 「ここ、誰の部屋?柊さん?」 白石が振り返る。 この男にどこまで話すべきか―――。 そのとき、カサコソと変な音がした。 「?」 後ろを振り返ると、薄っぺらい布団の中で小さな何が蠢いているらしく右から左へ盛り上がりが異動している。 「ーーまさか、G的な?」 辻が目を細めて言うと、すぐ隣にいた白石が抱き着いてきた。 「―――おい。何やってるんだよ?」 言うと彼は震えながら、ますます辻に抱きついた。 「お……俺、虫とかダメなんだ。ま…ま……マジで!」 「――――」 学級委員でいつもすかして見えるように見える彼にそんな弱点があるとは意外だった。 辻は鼻で笑いながら布団に手をかけた。 と、捲るよりも前にそれは姿を現した。 「なんだこれ……」 それはゴキブリではなかった。 黒い甲冑にオレンジの花びらのような模様が散っている。 「ーーーシデムシ」 と、ずっと黙っていた泉が布団の上を覗き込んだ。 「シデムシ?」 聞いたこともない。 背中に隠れた白石の代わりに聞く。 「聞いたことねえ。珍しいのか?」 「珍しいよ。屋内で見ることなんてまずないから」 泉はどこからか取り出したルーペでシデムシを睨んだ。 「ーー間違いない。こいつはシデムシの成虫。おそらく雌」 そう言ってから泉は顔を上げた。 「死体や死骸に群がる虫だ」
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