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「ーー食わなくていい」
白石の脇に立った喜多見は静かにそう言うと、銀色の髪の毛を光らせながら麗奈に向き直った。
「この女が山田を喰っただあ?そんなの信じられるか」
「…………」
麗奈は真っ直ぐ喜多見を見ると、静かに着物で口元を覆った。
「信じてほしいとは言ってないけど。事実を言っただけよ?」
「いつまでふざけるつもりか知らねーが、アナフィラキシーショックは危ねーんだよ。それで死んだ親戚がいる」
喜多見は真っ直ぐ麗奈を睨むと、ポケットに手を入れたまま一歩、また一歩と近づいていく。
「もしこの茶番を続けるなら、俺を喰ってからにしろ」
「―――」
麗奈が一歩後退した。
「ーーどうした。喰えよ!」
「……………」
凄んだ喜多見に麗奈は、すうっと息を吸い込んだ。
沈黙が食堂に走る。
そうだ。
本当に麗奈が人間を食べるなら、山田を喰ったなら、ここで喜多見を喰わない理由はない。
これではっきりする。
彼女は本当に人間を食べるのか。
どうやって暴れたであろう山田を押さえつけたのか。
しかし―――。
喜多見の横顔を見る。
彼は間違いなく8人の中では戦闘力が高い。
そして―――。
今度は白石を見る。
彼は8人の中では自分の次に成績がいい。
だから二人とも生存させたい。
他の誰かならーー例えば役に立たなそうな泉なんかなら止めないが、この二人は駄目だ。
必要なんだ。
「―――事実として聞いてほしいんだけど」
吉永は沈黙を破って口を開いた。
「アナフィラキシーショックのときには、ヒスタミンっていう化学伝達物質が出るんだけど、それはもし口に入れた場合、も、ものすごく苦いらしいんだ」
出まかせだった。
しかしこの中でその真偽を知るものはいない。
「―――へえ、そうなの」
麗奈は小さく呟くと、喜多見の脇を抜けて白石の前に立った。
「白石君。食べなくていいわ」
「―――それって……」
恐怖に涙を浮かべた白石が麗奈を見上げた。
「その代わり、おにぎりでも後で握ってあげる」
そう言うと麗奈は白石の整った顔を撫でた。
「………ッ!………っ!」
ほっとしたのか、白石がテーブルに突っ伏して泣き出した。
「でもね……」
麗奈の瞳が再び黒点になる。
『嘘はよくないなあ!』
「―――え?」
気が付くと――――。
その顔は逆さまになっていた。
麗奈だけじゃない。
慌てて顔を上げた白石も、口を開けた沢渡も、振り返った辻も、みんな逆さまに見える。
吉永は見下ろした。
自分の身体が逆さまに立っていて、
その首からは真っ赤な血が噴き出していた。
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