421人が本棚に入れています
本棚に追加
柿崎は一人、エレベータ脇の階段に座っていた。
冷房が効いているとは言え、宿泊室も食堂も、日が入る部屋は暑い。
しかしここは窓もなく、各部屋から漏れた冷気が冷やしてくれて、静かで涼しい。
先ほどの宿泊室での会話を思い出す。
夜になったら、みんなで一斉に走り切る。
誰も柿崎の足のことに言及しなかった。
それはそうだ。
こんな命がけの逃亡劇に、誰かの犠牲になるなんて選択肢はない。
もし彼らの駆け出す音に、揺らぐ匂いに、枯葉たちが起きて一斉に群がったとして、逃げきれないのは、走れない自分だ。
走り切る彼らを追えなかった枯葉たちは、怒りを込めて柿崎に一斉に飛び掛かる。
頬を齧り、耳を千切り、目を突き、皮膚の中を蠢く。
―――そんな最期は嫌だ。
それならいっそのこと……。
「よう。自殺でもするつもりか?」
その声に顔を上げると、目の前には沢渡が立っていた。
――柿崎の手には、食堂から持ち出した包丁が握られていた。
最初のコメントを投稿しよう!