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1
ディオンの養い親は、ジオでした。
ふたりは森の奥の家、というにはあまりにみすぼらしい小屋に住んでいました。
四つのディオンは森の中で遊び、妖精や動物たちと言葉を交わしました。
ジオは背の高いエルフでした。
エルフ特有の先の尖った耳、肌は緑がかかった白で、瞳は磨いた黒曜石。髪はほとんどなく、綿を紡いで織った布をいつも巻いていました。
ほかの者たちと会うこともなく訪ねてくるものもなく、ふたりきりで暮らしていました。ただ冬の前にいちどだけ、ジオは森でとれた珍しい茸や季節はずれの果物、香りのよい蜂蜜、病に効く薬の材料になる薬草を持って市に出かけました。
ディオンはジオと手をつないで、市までの道のりを歩きます。疲れるとジオはディオンを抱き上げ、かすかな獣道を進みました。
市は人々でごった返していましたが、ジオの行く手は水が左右に分かれるように人々が道をあけました。
眉をひそめ口元を隠し、ささやき合う人々をディオンはいつも不思議に見ていました。
あの人たちが話している言葉はかわからないけれど……。
きっと、ジオがきれいだとはなしているんだ。
幼いディオンはそう解釈していました。
実際は、里まで姿を現すエルフのジオをみなこわごわと遠巻きにしていたのですが、それを理解できるほどディオンはまだ育ってはいないのでした。
けれど、ジオの品物はよく売れました。
帰りにはいつもディオンに甘い菓子をひとつだけ買ってくれました。
あとは、冬に備えての干した肉や魚、毛布やディオンの服を作るための布、手袋や靴をそろえるためにお金は使われました。
ジオは人の手で作った物は着られませんでした。
自分で育てた綿花や麻を、月光のもとで紡いで織った布しか身につけられませんでした。それは質素だけれど暗闇ではわずかに光り、ジオがますます美しく見えるというのはディオンしか知りませんでしたが。
ジオはディオンに精霊たちの歌を歌って聞かせ、教えました。
妖精や精霊たちの文字、エルフの知恵、それらを長い冬の間にジオはディオンに伝えました。
ジオの声はよく澄みとおり、晴れた日に森の奥深くで遊んでいるディオンまで届くほどでした。
吹雪の夜は互いに裸になり、ジオはディオンを素肌に抱いて眠りました。ジオからは、やわらかな花の香りがしました。
ジオのうすい胸に頭をおしつけていると、外でうなりをあげる吹雪は遠のき、春の野で蜜蜂の世話を手伝ったことが思いだされました。夏の水辺でニンフたちと遊んだことが思いだされました。秋の森の中で栗鼠たちと木の実を拾うきょうそうをしたことが思いだされました。
楽しい思い出につつまれて、ディオンは眠りにつくのでした。
小屋は強い風に吹き飛ばされそうなほど粗末でしたから、吹雪が去ると室内は真っ白になり、あちこち雪の山が出来ていましたが、ジオの腕のなかにいるディオンが凍えることはありませんでした。
ディオンが七つになった朝。
「ぼくは……われはクラウディオ・ブラント」
畑の世話をしていたジオにディオンはそう告げました。
ああ、とジオは一言だけつぶやき、家に入ると造りつけの棚の一番うえから小箱を取り、ディオンに持たせて小屋を出ました。
ふたりは手をつなぎ、市へいくときと同じ道をたどりました。
ジオは一言も話しませんでした。見あげるディオンは、ジオがただ遠くを見つめているように感じました。
森の端まで来ると、ジオは通りのいちばん奥の立派な煉瓦づくりの建物を指さしました。
ディオンには分かっていました。
ここでお別れなのだと。
自分の変化にも気づいていていました。
少し前から、ジオの話す言葉が分からなくなってきていたのです。
ジオのささやきは何もかも理解できなくなっていました。反対に、町から聞こえるざわめきは、分かったのです。
人々がなんと話しているのかも。
いまディオンのなかに、もう一人のディオンがいて、ささやくのです。
父や母に会いたい、と。
とん、と背中を押されました。石畳のうえに足を踏み出しました。
そして振り返ったときには、ジオの姿は消えていました。
ディオンは一人、泣きながらなつかしいお屋敷の門を叩たたきました。
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