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学舎でディオンは『養い子』と陰口を言われました。
ディオンと小さなクラウディオは、十七歳になりました。
クラウディオが十七歳までに見知ったことが、ディオンには分かりました。それはまるでクラウディオが書き残した日記を読むようなものでした。
ディオンはクラウディオを知っていますが、クラウディオはディオンを知らずにいるようです。時折、ディオンはクラウディオの気持ちを感じることはありました。うれしい、かなしい、さびしい……。
黒髪のエルフの夢を見た朝は、ふたりとも切ない気持ちになりました。
あのエルフはジオなのでしょうか。いいえ、ジオには髪はありませんでした。
では、誰なのでしょう。いつかディオンと巡り会うエルフなのでしょうか。
ディオンは勉学をよく修めましたが、狩りだけは苦手でした。
外へ出ると、小鳥が親しげにディオンの肩に留まります。森へ行けば子鹿が寄ってきて額を腕にこすりつけます。
子どものころには動物たちと話ができたディオンです。どうしてそれらを殺めたりできるでしょう。
言葉は分からずとも、妖精たちの歌は忘れてしまっても、それらと共にあるとき、ディオンはジオとのつましいけれど楽しかった森での暮らしを思い出しました。だから『養い子』と言われてもディオンはへいきでした。
ジオはどこに行ってしまったのでしょうか。
ディオンは学舎でたくさんのことを知りました。近隣の国々では諍いが絶えずあること。身近なところでは、ブラント家の領地と隣のグノス家の領地の、鉱山の権利を巡っての小競り合いです。今はなんとか小康状態にあるのは、グノス家の者にクラウディオが殺されためでした。
ブラント家からの抗議を受け、グノス家が鳴りを潜めているのです。
ブラントの主な産業は、豊富に産出される鉄を加工した、剣や槍の穂先、弓矢の鏃などです。作られた武器は周りの国々に高値で売れました。
けれどディオンは思いました。
剣ではなくナイフを作れないだろうか。槍ではなく鍬を、鏃ではなく鍋や釜を作れないだろうか。
あるいは美しい装飾品はどうだろうか。
武器があるから争いが起きるわけではないとディオンにも分かっています。
学友からは、理想ばかり語っている夢見がちな奴だと笑われたりしていることも知っています。
さすが、エルフに育てられただけはある、と。
エルフはふつう人前に姿をあらわさないものだと学舎の本で知りました。
見た目はとても美しいのだけれど、気まぐれで人との接触を嫌い、エルフの領地から外へは出ないといいます。
ジオはどうしてディオンを育ててくれたのでしょうか。クラウディオの『日記』のなかにも、その答えは見つかりません。
ディオンと一緒のクラウディオが、実際のクラウディオが亡くなった十九才になったなら、どうなるのか……それもまたディオンには分からない問でした。
ただディオンは誰にも話していない、ひとつの思いがありました。
卒業したディオンは、館に帰らずブラント家の鉱山の仕事に就きました。
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