2人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
嫌われ者だった少年の話。
「わあ、雪だ!ね、兄さん!積もるかな?」
「このまま降ればね。…毎年そのテンションで雪を見れる君を尊敬するよ…」
「褒められた!!」
「褒めてないかな…」
年中気温が低い、ヨタというこの国は、冬季に「今朝は-12℃か、肌寒いな」とかが日常茶飯事な雪国だ。
ぶっちゃけ、ヨタ国民の僕にしてもみんな狂ってると思う。
恐らく、この国の殆どの人が外国で暑がるのだろう。
突然だが、僕は雪が嫌いだ。
弟が、家族として認められていない僕を執拗に雪遊びに連れ出そうとして来るし、それを拒否すると今度は僕を産んだ女がヒステリックに叫びだす。
そんな訳で、絶対に積もる雪に大はしゃぎしている弟を尻目に僕は彼から逃げる方法を考えている。
単純に嫌だと言っても駄々をこねる…風邪を引いたからと言っても数時間後に誘いに来る…狸寝入りしてもベッドにダイブされるのがオチだ。
今年は、誘われたら素直に遊んでやろう。
そう思った矢先、弟は危なげにティーセットを持ってきた。
寒いせいか、食器がカチャカチャと音を立てている。思わずティーセットの乗ったお盆をひったくり、机に置いてから向き直り、目を合わせる。
「重かったでしょう。何で持ってきたの?」
「今年くらいは兄さんとは暖かく過ごそうって思ったの!ね、それならいいでしょう?」
そう笑顔で言われ、少したじろぐ。
何時もはあんなに遊びたがるのに、一体何故…?
一人で考え込んでいると、弟は僕の顔を覗き込み不思議そうに首を傾げる。
「あれ、おかしいなぁ…喜ぶと思ったのに。」
と、弟が素頓狂な事を言うものだから思わず聞き返すと、嬉しそうに目を細める。
「喜ぶ?誰が?」
「兄さんが、に決まってるでしょう?兄さん、本当はぼくと遊ぶの好きじゃないんだよね?姉さんが言ってた。」
「…姉貴が……?何時会ったの?」
「うーん……去年かな?ちょっと帰ってきて、すぐ出て行っちゃったよ。」
可愛らしい仕草で首を傾げ、姉を想ってか淋しげな色を浮かべる。
「……そう。放浪癖があるからな…。…別に、遊ぶのは嫌じゃないんだよ、ノア。僕は雪が苦手で…僕の平均体温が低いからかもだけどね。」
「それは重要じゃん!メモっとく!」
「なんで…?」
秘密!と言いながら部屋を出、何処かへ駆けていく足音が聞こえる。
途中で女性の声が聞こえたので、メイドさんに窘められたんだなと思った。
忌み子の僕は、専属のメイドさん一人と別館で暮らしている。本館では弟と僕の両親が暮らしているようだが、行ったことは無いのでわからない。
弟は此処よりも綺羅びやかだというが、此処でも十分だと思う。
壁に高価な絵や繊細な硝子細工が掛けてあったりするので、別館とはいえ貴族として尊厳を保ちたいのだろう。見栄っ張りなんだなぁ、と思った。
「兄さん!」
「うわ、びっくりした…何で窓から?」
「急いでて…!母さまが来る…どうしよう、ティーセットでバレちゃうよ…!」
「そう。…自分の部屋にお戻り、ノア。僕は大丈夫だから。」
「なんで…?やだよぉ…!此処に居るもん!ぼくも同罪だよ!」
何でこういう時にまで、聞き分けが悪いのだろう。
僕を産んだ女はああ、やっぱり。僕を睨みつけながら此方に来る。
僕は少し悩みながらも、大切で可愛い弟を守り自分を犠牲にする選択をした。
「噫、ほら見ろ。お前が居るせいで僕が殴られる。さっさと帰れ!」
「え…?兄さん…?」
「僕はお前の兄じゃない!部屋に戻れ馬鹿!!」
辞めてくれ。そんなにも泣きそうな目で見ないでくれ。
僕だって心が痛む、だけど弟が物理的に傷付くのは嫌なんだから。帰ってくれ。ああ、もうすぐそこにいるじゃないか。窓にしがみつくな、帰れ。
「帰れよ!!頼むから……」
「ッ!…やだよぉ…やだぁ、怪我してるのを見るのは辛いよぉ…」
「じゃあ来なければいい!一生!僕のことなど忘れればいいだろう!!」
「忘れられるわけ無いじゃん!!ぼくは父さまや母さまよりも、兄さんの方が大事だよ!!」
ぼろぼろと、大粒の涙を流しながら弟は叫ぶ。
女は僕が弟を虐めているように見えたらしい。否、正しい解釈をしていたとしても、この女は僕を悪者に仕立て上げるだろう。
そうまでしてでも、オッドアイになってしまった僕を殴りつけたいのだ。
「ノア!…全く、忌々しいわ!あなたなんて産まなきゃ良かった!!」
「ぐ、ッ…ゔ……生まれてこなきゃ、よかった」
「母さま…もうやめて、やめてよ…兄さんが死んじゃうよぉ…!」
何度も、何度も。繰り返し蹲った僕の腹を蹴りつける。僕が呻こうと喚こうと、吐血しようと関係はなかった。
父は聡明で頭の回転が速い人だ。女が何故此処までヒステリックになるのか、きっと父なら分かるのだろう。
だからきっと、声を聞いて駆けつけてくれる。そうでなくても、小一時間耐えれば何とかなる。
そう。広い屋敷の中での敵はこの女だけだから。
耐えられる。耐えて見せる。
そうやって自分を騙して、心を壊すのだ。
「母さま!」
「…なぁに、私の愛しい子」
半ば叫ぶように弟が呼ぶと、僕を蹴るのを辞めて慈愛に満ちた母親の表情で弟に答える。
寒いだろうに、帰れと言われたのを引きずっているのかなんとも無いのか、弟はずっと外にいる。
…おそらく後者だろう。僕のためなら寒さなど関係ないと言ってのける、そういう子供だから。
表情が変わったことに困惑したのか、出たとこ勝負なのか、それともどう言えばいいか迷ったのか、瞬時躊躇い、すぐに足跡一つ無い雪原を指さした。
「…今年は母さまと雪遊びがしたいです」
「良いわよ。…躾が終わってからね?」
「嫌です、今すぐがいいです!ぼくが優先でしょう?早く…」
「ぐッ…げほっ、げほ……ノ、ア。良いから、もう。お前は、本館で…体を、温めなさい。」
さようなら、僕の大切な弟。
弟に対して命令口調で話しかけた僕を、激昂した目の前の女は酷く蹴りつけた。遠のく意識の中でも、ノアがそばで叫んでいる声だけが聞こえるような気がした。
最初のコメントを投稿しよう!