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気高い少年と騎士の話。
冷え切った白雪が、何もかもを覆い尽くす冬という季節。
その最中を吐息を白くしながら、少年と黒髪の騎士は歩いていた。
きゅ、きゅ、と踏みしめる度に雪が音をたてる。
ふるり、と体を震わせ、少年は騎士に一段と近付く。
騎士にはそれほど問題はなかったのだが、歩き慣れていない少年は足を縺れさせる。
雪に埋まるようにして倒れ込んだ少年を、騎士はすぐさま抱き起こす。
少年が、ばつが悪そうに顔を背けつつも、小さく呟いた。
「雪は、嫌いだ……」
「何故ですか。殿下の異能でしょうに。」
少年は俯いて、その場に座り込む。
その傍に騎士が跪き、少年と目線を合わせた。
呆れたような、厭悪の表情を浮かべ、少年は吐き捨てるように答える。
「嫌いだ。どうしても。」
「恐れながら、理由をお聞かせ下さい。」
「……当然じゃないか。音も、色も、感覚も、時に命さえ奪ってしまう。大嫌いなのだ……!!」
少年が感情を憎悪に高ぶらせる。それに呼応するように、吹雪き始める。
荒れ始めた天候に、はっとして騎士は顔を顰めながら少年を抱き寄せた。
少年が騎士の腕の中で藻掻く。
「辞めろ…!温情など、要らぬ!放せ、カイ!」
「いいえ、放すわけにはいきません。殿下を御守りするのが私の務め、放棄すれば契りを破ることとなってしまいます。」
「放、せっ!わたしに、構うなぁ…!こんな世界、消え去れば良いのだ!」
吹雪はやがて、冷たい雪と空気が殴りつける暴力的なものへと変わる。
騎士は、暴れる少年を抱きかかえ吹雪から護るために木の洞に少年を入れ自分を壁に背を向けて風雪の侵入を抑える。
それすら憎いのか、少年は騎士を殴りつける。
「邪魔だ!退け!わたしの騎士ならば、命令を聞け!!」
「恐れながら、私が最優先すべきは国王陛下の御命令です。殿下の命を御守りするのが私の務めでございます。どうか、ご容赦を。」
いわば、《生きる盾》として鍛えられた六つ年上の騎士に、十にまだ満たない少年の力では敵う筈もなく。
少年は騎士の服を握り締め、何かを言おうと口を開くも思い浮かばなかったのか俯く。
そして動こうともしない騎士の背に額を寄せ、静かに涙を零す。
慰めることもせず、騎士は少年の方を見ずに、ひたすら吹雪が止むのを待った。
************
暫くして。
少年が泣き疲れて、騎士の背に体を預け眠った頃。
騎士は少年の代わりに吹雪に晒され、顔も手足も悴んで、赤くなっていた。
息を吹き掛け、動きづらい手を開閉し、なんとかいつもどおりに動くようにしてから漸く立ち上がる。
「まだお目覚めになりませんか、殿下。」
騎士は自分の冷たい手が少年の素肌に触れないように気をつけて抱き上げる。
一向に目覚める気配のない自分の主の頭を、軽く一撫でしてから背に回しおぶる。
自分の外套を少年に被せ、数少ない荷物を持って、純白の世界を一歩、踏み締めた。
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