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シスターとともに向かった先は、町の北東に広がる丘を上ったところに建つ家。
冬が来るというのに庭は多くの緑に満ち、それらに調和するように彩られた緑色の屋根が陽光に照らされている。
扉の向こうから現れたのは、背の低い年配の婦人だ。
魔女だと聞かされていたコルトは、彼女の姿にいささか拍子抜けをする。絵本に出てくる、鉤鼻でしわくちゃな老人の姿を、どこかで思い描いていたのだろう。
シスターは婦人といくつかの会話をしたのち、コルトの頭を撫でて帰っていく。残されて、少しだけ居心地が悪くなった。
しかしこうして見知らぬ場所にやって来るのは、寄宿舎、教会と続いて三度目だ。
幼いころから、父親に連れられて大人たちの集まりに顔を出すこともあったコルトは、十歳にして処世術を身につけている。
「はじめまして、ロサ。コルトと申します。僕の身を引き受けてくださったこと、感謝します」
「おや、素敵な紳士ですこと。精霊たちが騒ぐわけね」
「精霊ですか?」
「貴方が暮らしていた地では、縁遠い存在だったかもしれないけれど」
「不勉強で申し訳ありません。教会のシスターたちから、わずかではありますが聞き及んでおります。セーデルホルムにとって、精霊は良き隣人であるのだと」
「そう畏まらなくてもいいのよ、コルト」
苦笑する魔女――ロサの真意を探ろうと、コルトは『耳』を澄ませて、目を見張る。
目前の相手の心を読むなど簡単なことだった。
しかし、ロサの『声』は聞こえてこない。まるで分厚い壁に隔てられているかのように、向こう側の声が聞こえてこないのだ。
こんなことは初めてだった。
魔女というのは、そういうことなのか。
不思議なちからを持っている、超越したなにかを持った、ヒトではない存在。
冷汗が流れた。
相手の心が知れないということは、こんなにも恐ろしいことだったのか。
思えばコルトは、物心ついたころから常に他者の心を聞いて生きてきた。聞こえることが当たり前で、そうではない人間と相対したことは一度もなかったのだ。
何を考えているかわからないと、どう対応していいのかわからない。
相手が望む姿を見せ、裏をかき、油断させてからコントロールする。
そうやって日々を送ってきたコルトにとって、このロサという穏やかそうな女性は得体の知れない恐ろしい人物として映った。
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