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「閉めないで!」
「不用心だし、客人が来ているのだから、寒い思いをさせるわけにはいかないだろう。そうだ、こちらに来て挨拶を」
「イヤ。どうせまたお金目当ての香水臭いおばさんなんでしょう? おじさんのベッドに忍んでいくような」
「ケイトリン!」
「その名前で呼ばないで!」
金切り声をあげる存在を確認するために、メルヴィは室内を進む。陰になっていた観葉植物を追い越すと、ようやくその姿が見えた。癖のないまっすぐな黒髪をひっつめ気味に縛り、灰緑の瞳に苛立ちを乗せた少女が、肩を怒らせて立っている。
近くにいるとは思っていなかったのか。顔を出したメルヴィを見て、わずかな動揺が見られた。ゆるりと不安の色が漂ってきて、メルヴィの頬がゆるむ。
(なんだ、いい子じゃないの)
少女のもとへ向かうと、目線を合わせてしゃがみこんだ。
「はじめまして。私はメルヴィよ。名前を教えてくれるかしら」
「知ってるくせに」
「そうね。でもあなたから聞きたいの」
「……ケイシー」
「まあ素敵。あなたそのものね、可愛い猫妖精さん」
小さな両手を取って微笑むと、驚きに目を見開く。だからメルヴィは、顔を近づけて、少女にだけ聞こえる声でそっと問いかけた。
「扉を開けているのは、妖精の通り道を作っているの?」
少女の肩口に潜む小さななにかは、クスクスと笑っている。床の上を転がるように走っていく動物型の精霊は、壁に突き当たるとそのまま吸いこまれるように消えていった。
家妖精にしては数が多いし、この土地では見ない姿もある。これらはおそらく、ケイトリンに付いてきた町妖精なのだろう。
「大丈夫よ。彼らはどんな小さな隙間からだって入ってきてしまうもの。それに、あちこち開けてばかりいては、どこから入ればいいのか困ってしまうわ。ここよって、教えてあげないと」
「そう、なの……?」
大きく頷いてみせると、ケイトリンはぎゅっと眉を寄せて俯いた。
「……ほんとうはね、お部屋がさむかったの。だけどみんなが――えっと、みんなっていうのは」
「話しかけてくれるのが嬉しいから、妖精たちはみんな、あなたと一緒にいたいのね。だけどね、ケイシー。良い子もいれば、悪い子もいるわ。本当に悪いやつは、開いている扉から入ってきてしまうの。歓迎していると思ってしまうのね」
「たましいを取っちゃう?」
「そうね。悪い精霊は人間を狙うわ。赤ん坊や幼い子どもは、その標的になりやすい。自分の身をきちんと守るためにも、彼らとの付き合い方を学びましょう」
心当たりでもあったのか、ケイトリンの身体が震えた。その小さな身体を自分に引き寄せて、メルヴィは少女の頭を撫でる。
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