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「どうかしたの? 仮面が外れているわよ、坊や」
「――なっ」
楽しそうに笑われて、コルトの顔に朱が走る。振る舞いには絶対の自信を持っていたのに、それを笑われるだなんて心外だ。
しかし声をかけられたことで、考えを巡らせる余裕も戻ってきた。対応の仕方を考え直す必要がある。
多くの女性は、コルトが紳士ぶって見せれば顔を綻ばせて喜んでくれたものだが、ロサはそうではないらしい。南部らしい濃いブラウンの髪と、相反するように南部らしからぬ色白の肌を持った容姿は女性受けが良いらしいと理解し、存分に利用していたコルトとしては、テリトリー外の北部での立ち位置に苦悩する。
(だけど、容姿はたぶん悪くないはず。教会での評価はかなり良かったし)
シスターや、教会を訪れた女性たちの心は、たしかにそう言っていたのだから。
懐柔方法を模索していたコルトの耳が、小さな物音を拾った。玄関ホールを中心に左右に分かれた邸内の左側。その奥のほうから聞こえた音は、人の気配を伴うもの。
そういえば女の子がいると言っていた。それも、自分と同じ能力を持った子どもだと。
コルトの表情から、後方で隠れているらしい存在に気づいたことを悟ったのだろう。ロサはさきほどまでとは違う笑みを浮かべると、音の方向に声をかけた。
「出ていらっしゃい。今日から一緒に暮らすのだから、逃げていてはダメよ」
窘める声色ながらも、優しさに溢れる音がコルトの耳朶を打つ。その声に押されるように現れたのは、小さな女の子。
教会で見かけた子どもたちより、少し年上といった印象。いささか表情に欠けているのは、こちらを警戒しているのかもしれない。隠れていたのもその表れか。
だが、その姿を見た途端、コルトのほうこそ凍りついたように動けなくなった。
(なんだ、これ……)
ロサに感じた以上の畏怖。
年下の女の子に威圧され、コルトは無意識のうちに一歩うしろへ下がった。
咄嗟に考えを読もうとするけれど、やはりこれも隔たれた。
いや、隔たれた、などというものではなかった。
届かなかった。
壁が厚すぎて、突破は不可能だった。それどころか、見えない壁は流動しており、そこから発生したなにかが、うねりをあげてコルトへ襲い掛かって来る。
「う、うわああああ!!」
澄まし顔の仮面などかなぐり捨てて、コルトはみっともなく声をあげて、尻もちをついた。失禁しなかったのは、たぶん今朝から水分を取っていなかったせいだ。柄にもなく緊張して飲食もままならなかったが、正解だった。
そんなコルトを見て、少女は眉根を寄せた。それが怒りなのか哀しみなのか判別がつかない。
わからない。わからなすぎて、怖い。
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