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「セーデルホルムには精霊がたくさん住んでいるから、あなたのちからになってくれるはず。ずっとひとりで怖かったのね、頑張ったわね、ケイシー」
「どうしてあなたは信じてくれるの? ママもおばあちゃんも、おかしなことを言うなってぶったわ。いままでのメイドも、ひとりでしゃべるなんて気持ちがわるいって。だれも信じてくれなかったのに、なんで?」
普通のひとには見えないものが見えるというだけで、奇異な目を向けてくる。
少女がいつからこうなったのかはわからないけれど、突飛な言動が目立ったり、暴れたりするようになったのは、三歳のころだという。もしかすると赤子のときから何かを見ていて、母親が精神を病み、育児放棄に至ったというのも、それが原因なのかもしれない。
「ケイシーと同じものを、私も見ているからよ」
「うそ」
「嘘なものですか。私のほうがあなたよりずっと年上なんですから、彼らとの付き合いは長いのよ」
しゃがんだまま胸を張ろうとして、尻もちをつく。踏みつけてしまいそうになった小さな隣人は、メルヴィの細い指をえいやと踏んで、姿を消す。
(怒らせたかしら。あとで埋め合わせをしないと)
独り言つメルヴィに届くのは、ケイトリンの内なる気配。
信じたい気持ちと、嘘かもしれないという不安。入り混じって、立ち上がるオーラは、マーブル模様を描いている。
半分本当で、半分は嘘だ。
ケイトリンと同じように不思議な存在が見えるけれど、それだけではない。メルヴィはひとの心が聞こえるのだ。制御して、心の耳を閉じていても、喜怒哀楽の感情はオーラとなって見えてしまう。
少女の葛藤を床に尻をつけたまま眺めていると、アダムがゆっくりと近づいてきた。
「ケイトリンが失礼を」
「とんでもありません」
アダムが声をかけてきたことで、ケイトリンの心はまた固くなった。
警戒と失望。そして哀しみ。
「わたしはわるくない。このひとが勝手に転んだのよ!」
「また突き飛ばしたのか」
「またって、でもだってあれは」
少女からは哀しみが押し寄せてきた。
ちがう、だってあのときは怖いやつがいたから。あのままだと、ケガをしたから。
あまりにも強い感情のせいか、それともメルヴィ自身が同朋に会えたことで緩んでいたのか。ケイトリンの『声』が飛びこんでくる。
苛立ちまじりに床を足で踏み鳴らすと、ケイトリンは逃げるように去った。その姿を見送るメルヴィに、アダムは肩で息をつく。
「申し訳ない。あの調子で、何人ものメイドを辞めさせたんだ」
「あの、ミスタースペンサー。あの子の言い分はお聞きになったのですか?」
「レスターが――ケイトリンの亡くなった父親が言うには、空想癖があって、妄言も多いと」
眉を寄せる男の顔に、メルヴィの中で怒りが立ち上がる。
「そんなふうだから、あの子は頑ななんだわ。ええ、わかった、わかりました。私があの子の味方になります」
「いや、俺は――」
「この土地で過ごしてみれば、あの子が見ている世界が少しでもわかるわ。それを知って、あの子を認めてあげてください」
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