02 妖精の住む庭

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 さっきの態度は、雇用主に対するものではなかった。ケイトリンのこともあってなんだかムキになってしまったけれど、自分はメイドだ。主を怒らせてしまえば、契約満了の前に解雇されても文句はいえない。 「差し出がましいことをしました」 「いや、もういい」  頭を下げるメルヴィに対し、アダムはそれだけを告げると背中を向けて去っていく。足を庇っているせいだとわかってはいるが、ゆっくりとした歩みは怒りを表しているような気がして、ますます落ち込んだ。  自分はここへ来てからどうかしている。  だって仕方がない。この家は―― 「申し訳ありません、メルヴィ嬢」 「いえ、私が悪いのです。こちらこそ申し訳ございません。アダムさまを怒らせてしまいました」 「あれは怒っているわけではありませんよ。坊ちゃまは、貴女を心配なさっただけです」 「心配? なにを」 「高い場所に上がって、もしも落下でもしてしまえば、貴女が怪我をしてしまう」 「そんなことで?」  高所というのもおこがましい位置。あの程度のことでメイドの心配をするだなんて、随分と気の小さな男だ。屋内の高低差を気にしていては、仕事にならないのに。 「ツリーの話ですが、お嬢さまもいらっしゃいますし、よい考えだと思います」 「もしも頼むなら、町の商会へ行けば手配してくれるはずです。丘の上の家だと言えば、おそらく配達も」 「わかりました。訊いてみましょう。この家はよく知られているようですね。町の皆さんご存知でした、魔女の――ロサの家だと」  セーデルホルムは自然と共存してきた町で、精霊信仰が根付いている。そのなかにあって魔女は知恵者であり、薬師でもあった。  かつて住んでいたのは、ロサという老婦人。彼女は、魔女として親しまれていた。 「ポールさんは、恐ろしくはないのですか? 都のほうでは、魔女はあまり良い存在ではないのでは」 「私は、先代の当主、ジェフリーさまにお仕えしておりました。あの方は、セーデルホルムを好まれていた。この世には不思議なものがあるのだと。若い時分は頑ななところがございましたが、あの方が変わられたのは、この家に住んでいたという魔女のおかげなのかもしれません」
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