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01 緑の屋根の家
小高い丘を上っていくと、森の緑よりも濃い色に塗られた屋根がポツンと見えてくる。近年になって新しく手が入った平屋建ての一軒家。その門前にメルヴィは立っていた。真昼の太陽が蜂蜜色の髪を照らして背中をあたためるが、大陸でも北に位置するセーデルホルムの冬は厳しい。
使いこまれた旅行鞄の他に、大きな荷はない。すべて揃っているから、身ひとつでかまわないと聞いている。
メルヴィは、各地の御邸を転々としているハウスメイド。中央都市から静養に訪れている軍人、アダム・スペンサーの滞在中に、身の回りの世話をするのが今回の仕事だった。
アダムは今、片足を負傷している。国の中枢で起こった騒動を鎮圧する際に痛めたらしい。大事には至らなかったものの、その状態で通常任務に就くのは難しいと判断された。
溜まっていた休暇と合わせて、少しばかり早い冬の長期休暇を勧められたアダムは、静養のためにセーデルホルムの別荘地を訪れることになったそうだ。
ここは、彼の祖父が所有していた物件。晩年、病気になるまで一族の誰も存在を知らなかった家だが、かつての住人は老婦人とふたりの子ども。慈善家でもあった氏が、援助をしていたのだろう。
高齢者が住んでいたということで、足の不自由さを軽減するための加工が随所に施されている。療養場所としては最適だ。
アダムと同じ軍部に所属している知り合いから、依頼が舞い込んだのが一週間前。ちょうど前の仕事も終わったところで、次も決まっていなかった。短期の仕事を探そうと思っていたメルヴィとしては、一ヶ月のあいだ、住み込みで仕事ができるのは渡りに船でもあったのだ。
新しい仕事、新しい主。この家で、どんな出会いがあるのだろう。
高鳴る心臓を抑えながら、メルヴィは敷地に足を踏み入れた。
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