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エピソード10 新たな人間に出会った件
「久しき哉この世界。変わりし世界に動じず、ただ時を待つのみ。さすれば転機が到来するであろう」
「ねえ、あれって何のことを言っているのかな? おみくじ?」
「さあ、僕にもよく分からない」
声を辿ること一分余り。
その姿と顔が認識できる程度の距離まで近づき、大きな大木の影に隠れた。
常に喋り続けていその人物の言葉は、聞き取れるようになってもなお、理解はできなかった。
英語を喋っている訳でも、中国語を喋っている訳でもないが、どことなく小難しく古めかしい言葉遣いが、いまいち頭に入ってこない。
声の主の性別は男だった。
全身が黒を基調とした重装備に覆われている。
黒色の迷彩服を着ているその人物は背中に大きな剣を携えていた。
「あの剣は本物かな?」
「どうだろう、鞘が豪華だし本物っぽいけど」
顔を見合わせながら考えても、一向に男の正体が掴めない。
歳はそれほど離れてはいないように見えるが、身長は少なく見積もっても百八十近くある。
服の上からも鍛えられていることが分かり、二つの瞳をギラリと光らせるその顔は、カッコいい部類に入るような気がした。
「む、人気を感じる。何奴だ!」
すると男は、小さな自分達の話し声に気付いたのか、声を荒げて二人に銀色に煌きらめく剣先をこちらに正確に向けてきた。
その耳の良さに驚くと共に、差し迫る危機感に身を震わせた。
「ど、ど、どうしよ光くん! 居場所がばれてるよ」
「服装が怪しいから敵である可能性もあるけれど、このまま出てこないと逆に警戒心を煽るかもしれない。僕が話し合ってみるよ。夢葉はそのまま隠れてて」
「光くん……」
心配する夢葉をよそに、僕は覚悟を決めて木の裏から姿を現す。
以前に黒幕と対峙した時は情けない姿を見せてしまっていたが、今目の前にいるのは別の人物。
あの時と比べれば、まだ冷静でいられる。
「ばれてしまってはしょうがない。君は一体誰なんだ?」
こういう時、自分を弱く見せると鼻から相手にアドバンテージを与えてしまう。
そう思い、少し強気に話しかける。
名前を尋ねられた彼は、自分の持つ剣を高らかに天へと持ち上げ、質問に答えた。
「オレの名は志熊星矢!志高き熊のように暗黒の夜に瞬く星から降り注ぐ矢の存在とはオレのことである!」
「……ん? あ、どういう漢字なのか説明してくれたのか」
声を張り上げて自分のことを矢宣言した目の前の青年の言動に置いて行かれそうになったが、寸での所で意味を理解する。
この志熊という男と喋ると、余計に体力を使いそう。
まさか、それが狙い?
まさかね。
「僕の名前は御影光。とある目的があってこの夢世界を探索しているんだけど、君は敵と味方、一体どっちなんだ?」
駆け引きのようなことがあまり得意でなかった僕は、早々に自分の目的を告げ、志熊の立ち位置をストレートに尋ねる。
すると彼は、大きな剣を片手で掴んだ状態で、腕を組みながら言った。
「ほほう、ここは夢の中であったか! どうりで既視感の皆無な樹林地帯なんだな」
ガハハと笑い始める大男。
それを見る限り、敵ではなさそうだと思ったが、警戒は緩めない。
なるべく触発させないように、かつ下に見られないようにもう一度言った。
「それで、君のことなんだけど」
「敵か味方か、であったな」
言葉を遮られ、ゆっくりと唾を飲み込む。
彼の手にはまだ剣がしっかりと握られている。
その拳が緩まない限り、警戒を解くことはできない。
沈黙すること十秒余り。
志熊は剣先を自分に向けて言い放った。
「オレは!」
ジリッと半歩だけ後ろに下がる。
志熊と違って武器を持たないけれど、ここで志熊と対峙すれば、勝敗は目に見えている。
吉と出るか凶と出るか。
凶が出たら逃げよう、とちらりと夢葉に目くばせをした。
その動作に気づいて少しだけ顔を覗かせた夢葉であったが、首をコテンと倒してどうにも通じていないようであった。
しかし、それが命取りだった。
志熊がその一瞬の動きを捉え、
「そこに誰かいるのか!」
と糾弾した。
その覇気に危うく飲み込まれかける。
けれど、彼女にもう怖い思いはさせたくないという強い意志を持って、僕は彼に言い放つ。
「僕と同じ目的で旅をしている仲間だ。だ、だけど彼女には手を出さないでほしい。彼女に手を出すなら、僕を倒してから」
「そうか、おなごがいるのか」
「へ?」
志熊は先程までの緊張を解き、即座に剣を背中の鞘に納めた。
その行動に僕は拍子抜けして、逆に表情が固まった。
「オレはおなごに対しては手を下さない主義を持つ男だ。安心しろ、その同胞であるライトにも危害を加えるつもりなと毛頭ない」
「ライト? それって僕のこと?」
「それ以外に誰がいる」
ライトライトライト……あ、光だからか。
張りつめていた空気が幾分か緩まる。
変な渾名を付けられたことに少し困惑したが、とりあえず危機は脱したということでいいのだろうか。
恐らく、この志熊星矢という男も同じ共有夢を見ている、自分と同じ立場の人間なのだろう。
でなければ、一人でこんな森の中にいるはずもない。
志熊は僕の前へと歩み寄ってきて、指ぬきグローブを付けた右手を差し出してきた。
「先刻は警戒させてすまない。オレもライトの存在に猜疑心を抱いていた。お互い様ということにしておこうではないか」
「そうだね、たぶん志熊も僕と同じ共有夢に閉じ込められた人なんだよね」
握手を交わして和解をする。
敵ではなくて安心したという心はどちらも同じだと、握った拳から伝わってくる。
「凶遊無? それは何なのだ?」
明らかに違う漢字を当てはめている口調で志熊は疑問を呈してくる。
ワザとなのか素であるのか。
おそらく後者だろうと志熊を見ながら思う。
「それに関しては夢葉と一緒に話そう。夢葉、もう大丈夫だよ」
「う、うん……」
「ふむ、例のおなごだな」
木の陰から両手を胸の前で握り締めて、夢葉はゆっくりと出てくる。
そのまま僕の横に並んで志熊の顔を見上げる。
身長が高い志熊に対して、必然的に夢葉は見上げる形となった。
二人が見つめ合うこと数秒。
夢葉は「よしっ」と小さく口に出し、満面の笑みを作った。
「こんにちは志熊くん。私は夢の住人の夢葉です。もしよかったら、志熊くんも私たちの目的に協力してくれないかな?」
「面白い。この幻想世界に住む妖精とはな」
「妖精!? いやいや、ちゃんとした人間だよっ」
「フッ……」
夢葉の反抗は鼻であしらわれ、代わりに志熊は右拳をドンと胸に当てて言った。
「フハハハハ。目的とやらは定かではないが、オレの実力は国士無双。どんと構えておくがいい」
志熊は剣を抜き取り、夢葉と僕の前で唐突に剣技をいくつか披露し始めた。
まずは自分の実力を知ってほしい、ということだろうか。
蝶のように舞い、蜂のように刺す。
そんな言葉が頭を過ぎった。
それくらい、志熊の剣捌きはしなやかなものであった。
最後に剣を空中に放り投げて、逆さ向きに柄を掴んで終了。
これには思わず拍手した。
「志熊くんが仲間になってくれれば百人力だよ!」
中でも夢葉は手放しに褒め称え、志熊の手を握りながら飛び跳ねる。
その様子を見て、チクリと胸に突き刺さるものを感じた。
夢葉と僕はまだ会って間もない。
けれど会って早々自分よりも親しそうに話す志熊の姿を見て、少しだけ嫉妬を覚えた。
しかしすぐさま頭を振ってその煩悩を振り払う。
すぐに恋愛感情と直結させるのは子どもにもほどがある。
それに、仲間内でそんな感情を抱くのはよくない。
今は黒幕を倒すことだけに集中すべきだ。
一旦開き直り、使命感を再確認することで気持ちを切り替える。
志熊と違って自分には特異な才能は存在しない。
だからせめて、世界を救おうとする気持ちは負けないようにしよう。
目を閉じて小さく深呼吸をする。
冷静になったところで夢葉に志熊への説明を促した。
「それじゃあ夢葉。志熊に僕たちの目的を話そうか」
志熊に頼んで見せて貰っていた剣をしげしげと眺めながら、夢葉はうんと頷いて説明を始めた。
***
「夢の侵食……か」
徐々に西に傾いていく太陽、無風ながらも動いている雲。
志熊はそれらを見上げながら呟いた。
虚空を見つめ続ける彼に、夢葉と僕は顔を見合わせる。
やっぱり非現実的で信じてもらえないだろうか。
そう思い声を掛けようとしたその時、志熊は腰に手を当ててそれはそれは高らかに笑い上げた。
「面白い、面白いぞ胡蝶の世界。浮世では味わえぬこの昂冒険心を解き放てる舞台が顕現するとは、よきかなよきかな」
突如笑い出す志熊に僕は困惑する。
てっきり志熊は笑止千万と、鼻で一蹴するかと思ったからだ。
「それで、諸悪の根源とやらの目星はついているのか?」
当然の疑問が投げかけられるが、それに対する答えを僕らは持ち合わせていない。
「残念ながら。夢の中にいるのは確かだと思うんだけど、夢の中はどんどん変化するし、地図もないから全く分からないんだ」
「霧藪の中、という訳だな。首魁の姿はどうなんだ?」
「しゅかい?」
「黒幕のことだ」
「あ、それだったら光くんが知っているんじゃない?」
夢葉に言われ、僕は悪夢の中で見た男の姿を思い出す。
男は間違いなく自分を黒幕と名乗っていた。
夢葉にその記憶はないから、覚えているのは自分だけだ。
「僕がこの夢世界とは違う夢で見た記憶なんだけど、黒スーツに黒サングラスを掛けた、いかにも怪しい男だったよ」
「余程正体を隠匿したいと見る。だが、分かりやすくてよい」
けれど場所が分からない。その事実に僕と夢葉は同時にため息をつく。
とはいえ、最初とは違い一つだけ安心したことがある。
この先黒幕に遭遇したとき、志熊の力があれば黒幕を倒すことも可能なのかもしれない、という期待があったからだ。
未だ自分が黒幕に対抗できる手段を持っていない中、志熊の仲間入りは本当に心強いものだった。
「ならば、オレたちは何処へ向かうのだ?」
「まずは仲間探し!志熊くんも協力してくれることになったけれど、まだ三人だと対抗できるか分からないからね」
「承知した。スライムでも出現したときはオレに一任せよ」
「うん、よろしく」
この夢世界について知る少女に、剣を自在に操る少年。
そんな子供心をくすぐるようなパーティメンバーに、いつしか僕は心を躍らせていた。
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