エピソード11 思いもよらない存在に会った件

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エピソード11 思いもよらない存在に会った件

「緊張のしすぎで少し喉が渇いてきたよ」  志熊が仲間に加わり、黒幕探しを再開するとすぐ、喉が潤いを欲してきた。  夏のような季節感と、彼と相対した時の緊張から解放された、ダブルパンチの影響だった。 「光くんも? 実は私もなんだよね」 「水を欲すか。ならば彼の地に聖水が湧き出していたぞ」 「聖水って……。普通の水なんだよね?」 「うむ。悪魔が食せば身が(ただ)れ、天使が身を清める水とは異なる」 「さいですか」  回りくどい説明に小さくため息をつきながらも、足は彼の指差す方向へと進んでいく。  そんな中、僕は少し自分の体に違和感を覚えていた。  一挙手一投足に込められる力の加減、喉の渇き、そして体の疲れ。  そのどれもが少しだけ、感覚が鈍かった。  一歩が重いわけではないし、唾液が出ないわけでもない。  ただ、全身がゴムに包まれている、そんな不思議な感覚だった。  道端に落ちている木々や葉を踏みながら、先行する二人の姿を眺めるも、その動きに違和感はない。  けれど、それが逆に違和感があった。 「わぁ! 本当に水が湧き出ているよっ!」  森の中の、比較的開けた場所で(たたず)んでいる一つの噴水。  円状に積まれた岩が水を貯めており、中央部分からは、綺麗な水が溢れ出ていた。  ぴょんぴょん跳ねながら夢葉はその周りを駆け巡る。  その無邪気な姿に、遊園地に初めて来た子供の姿を重ねた。  カメラがないので夢葉と噴水を両指で作ったフレームに収める。  僕の行動に気付いた夢葉は、フレームの向こう側でピースをした。  これには思わず苦笑する。  志熊はどこから拾ってきたのか、団扇のように大きい葉で水を(すく)い、空を見上げながら水を飲んでいる。  澄ました顔で何を考えているのかと少し疑問に思ったが、  「眩しっ」と目を押さえて(うずくま)る彼の姿を見て考えるのをやめた。 「どれどれ」  両手で茶碗を作り噴水の中に手を入れて水を掬すくい、まずは一杯味わう。 「……なんか、温い」 「え、こんなに冷たいのに? そりゃっ!」  気温三十度時のプールの水のような、そんな温さを体感していると、夢葉が頭に水をかけてきた。  パシャパシャという甘いものではなく、滝のような雨が頭上に襲いかかってきた。  避ける間もなく、全身ずぶ濡れになる。 「……もう少し加減を覚えた方がいいよ。ゲリラ豪雨でも降ってきたかと思った」 「あは……やりすぎちゃった」  全身フルスイングでの滝のような水しぶきは全身を隈なく濡らした。  替えがあるはずもなく、どうしたものかと途方に暮れると、 「これを使え」  と志熊が自分の(まと)っていたマントを放り投げてきた。  マントの長さは全身の八割を覆うほど。  ありがたく頂戴する。 「サンキュ、ちょっと着替えてくる」 「ご、ごめんね光くん、怒っているよね……?」 「気にしなくていいよ。悪気があってやったんじゃないでしょ?」 「……ごめんなさい」  先程までのテンションはいかほどに、シュンと沈まり返る夢葉に、僕は何度も気にしないでと言いながら少し離れた木の陰に姿を消す。  寒いというより温い感触に逆に気持ち悪さを覚え、すぐに上半身裸になる。  服を絞ると相当量の水が流れてきた。 「意外と力が強いんだな……」  そんな感想を抱きながらいそいそとマントを身に着ける。  外の気温は初夏ほど暑くはないが涼しさを感じないくらい。  マントを羽織らずとも、風邪は引かないだろう。  そもそも夢の中で風邪を引くのか。  その時、急に何者かにマントを後ろから引っ張られた。   僕は落ちそうになったマントをしっかりと握り、絶対防衛ラインを死守する。 「ちょ、まだ着替えてないって」  志熊がやっぱりマントは渡せない、と取り返しに来たのか。  そう思い振り返るが、そこには誰もいなかった。  夢葉と志熊はまごうことなく木陰の先にいて、二人が悪戯をしたわけではなさそう。  では、引っ張ったのは誰なのか。  すると、視界の下側に先のとんがった物体が目に入る。  僕はそのままエレベーターの如くゆっくりと視線を下に動かした。 「どひゃっ!」  その先にいたものに気付いて、素っ頓狂な声を上げて僕は尻もちをついた。  僕の奇怪な悲鳴を聞いて、志熊と夢葉がやってくる。 「どうしたの光くん? え、この子は一体……」 「ほう、ドワーフの類か」  ドワーフとは、力が強い代わりに身長が低い小人のこと。  志熊が指摘したように、僕らの前には腰より少し高いくらいの身長を持つ、先の尖がった緑色の大きな帽子を被った小人がいた。  体格に合わない帽子を被っているせいか、顔を見ることができない。  けれど、その奥から視線が自分に向けられているのは分かった。 「こんなところでどうしたの?」  もしかしたら、小学生の子どもなのかもしれない。  武器を持っている格好ではないし、害はなさそう。  そう思い、腰を低くして話しかけてみる。  すると、小人の口から思わぬ言葉が出てきた。 「黒幕……場所……知る……」  片言のような、それでいて透き通るような声。  中性的な声のため、男女どちらなのかは分からなかったが、スカートを履いている辺り、女の子なのだろう。  黒幕というワードに先に飛びついたのは夢葉だった。 「黒幕の場所を知っているって本当なの?」  夢葉は腰を屈めて小人と顔の位置を合わせた。  帽子は顔をすべて覆っているのではなく、つばが大きいことで全体が覆われていた。  なので下からよく見ると、小さな口と鼻が見えた。 「本当……レアも……夢に……住むから……」  再び片言。  レアというのは名前なのだろうか。  しかしそれよりも衝撃的な事実を聞いて、尋ねずにはいられない。 「君も夢葉と同じで夢に住んでいるってことは、もしかして夢の構造を理解していたりするの?」  小さく縦に揺れる帽子。  それが肯定を意味しているのは明白。  思わぬ救世主の登場に、僕は話を先に進めようと口を開くが、その前に志熊が割り込んできた。 「待て、先に貴様の正体を明かしてもらおうか」  志熊がレアに対して突き付けているのは銀色に(きら)めく剣。  夢葉と僕は目を見開いた。 「志熊くん!? こんなに小さい子に剣を向けるのはよくないよ!」 「そうだよ、相手は子供なんだからそんなはずはないって」 「笑止!」  志熊の無駄に良い声が森中に響き渡り、一斉に鳥が飛び立つ。  その一喝で全員が押し黙る。  水を打ったように静かになったところで志熊は言う。 「だからこそだ。(にわ)かに現れてはかどわかすような発言をする。姿を変えてだます(やから)など、古来より数多なのは自明の理だ」  言われてみて気付く。  明らかに人間とは違う類の生き物。  それがあの男の配下じゃないと誰が証明できようか。  万一に備え、僕も小人に対して身構えた。 「ライト、前を隠せ」 「あ、ごめん」  立ち上がると同時にハラリと落としたマントを慌てて拾い、絶対防衛ライン含む全身を覆い隠した。  すると夢葉は、先程まで自分の上裸に目を背けていたが、僕が色々隠した後、剣を向ける志熊の前に立ちふさがり両手を広げた。 「この子を殺るなら、私を殺ってからにして」 「なにゆえオレの行く道を阻む。(なんじ)もこやつの危険には気付いておろうに」 「それでも……それでもだよ」  夢葉は志熊の剣先から目を逸らそうとしない。  何が彼女を動かしているのか、それを読み取ろうと考えるが、僕には全く分からなかった。  しかし、答えはすぐに返ってきた。 「私にとっては……初めての同じ世界の子だから」  その言葉を聞いて僕はハッとした。  夢葉は生まれてこの方夢の中に住んでいた、夢で生まれ夢で生活してきた夢の国の少女。  しかし、それ以外に記憶を持たない。  夢で生まれたけど誰の子どもなのか、どうやって生まれたのか。  そして、今の大きさにまで成長するまでの記憶すら持っていない。  そんな中見つけた同じ夢の住人。  それが敵であろうとも味方であろうとも、彼女にとっては大切な人なのだろう。 「ふん、くだらぬ。かような姿を疑わずして何を疑うか。世界の輪廻を救うには多少の犠牲は」 「待って志熊」 「なんだライト、お前もブルータスなのか」 「ブルータスが何かは知らないけれど、夢葉のことを信じてあげようよ。夢葉にとってあのレアって子はきっとプラスになる。それに、黒幕は今だって僕らのことを見ているだろうから、敵か味方かも分からない相手を倒すのは賢明じゃないって」 「光くん……」  目の前の小人は、今すぐにこちらに害を与えようとする気配はない。  もしかしたら無害のこの子を斬り捨ててしまえば、少なからず夢葉の精神に影響が及ぶ。  何より、彼女が悲しむ姿を、僕はもうこれ以上見たくはない。 「それに、おなごには手を出さないんじゃなかったの?」  その言葉が決め手となったのか、志熊はふんと鼻息を漏らして剣を鞘に納めた。 「せっかく切れ味を確かめられそうだったのに」と小さく呟いたように聞こえてたのは気のせいだろうか。  というかそれ、斬りたいだけじゃないか。  よく分からない志熊の行動指針に眉を(ひそ)めながら、僕はレアに近づいた。 「怖がらせてごめんね、もう大丈夫だから」 「ありがと……嬉しい」  帽子を押さえながらレアは言った。  顔は見えないが口元を小さく微笑ませている表情を見て、僕は頬を緩ませた。
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