エピソード1 世界を救ってほしい件

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エピソード1 世界を救ってほしい件

 何を言い出すのかとドキドキしていたけれど、言われたことは突拍子もないことだった。 「世界を、救ってほしい? ……この僕に?」  夢でも見ているのかと思ったが、まさに夢を見ている最中。  いやいや、夢だったとしても、一体何をこの子は言っているんだ!?  僕は別に、勇者でも、異世界転生した主人公でもないのに。  そうなれば、思い当たる可能性は一つ。 「人違いだったりします?」 「光くんで合っているよ! もしかして、私の言葉疑ってるー?」  人違いじゃないらしい。  というか、名指しで言われているから、人違いの可能性はもとよりないか。  だったら尚更、意味が分からない。 「だって、ヒーローになってと急に言われても」 「ちょっと誇張されてる気がするけど……同じことかな?」  一介の中学生にそんな期待を寄せられても困るんですけど。  異能力に目覚めているならまだしも、剣の一つすら振ったことのない人間に、世界を救ってほしいとか。  同姓同名の異世界転移させようとした人と、やっぱり勘違いしていないかな。  夢の中とはいえ、能力に目覚めた気が全くしないし。 「ふぁいやー」  試しに手から炎が出ないか呪文っぽいものを唱える。  火花の一つすら出なかった。 「どしたの急に?」 「い、いや、何でもないんだ」  あははと笑ってごまかす。  主人公補正は、やっぱり加わってないらしい。 「一応聞きたいんだけど、救う世界って言うのはこの夢の中の世界で合っているんだよね?」  ここは夢の世界。  夢ならモンスターがはびこっていても、ボスキャラが存在していても、何一つ違和感ない。  救ってほしいということは、一見平和に見えるこの世界のどこかで、魔王が暴れている可能性もある。  その対象が何なのか、先に聞いておくべきだろう。  すると、夢葉は目を伏せて首を横に振った。  そしてそのまま、さらに非現実的なことを彼女は言ったのだった。 「救ってほしいのは、現実世界の人間なの。もちろん、この夢世界もだけど」 「なるほど、そういう夢なのか。この夢の中のボスを倒せば、現実の世界の人間たちが救われるっていう設定の」  変わった夢だなと苦笑する。  夢と現実の世界がリンクする訳がないし、夢であることを再認識させられる。  やっぱりこのあと村にでも行って、装備を整えるシチュエーションが待っているはず。  空元気に夢葉にそう言うと、彼女はまたもや首を振った。 「夢の中のボスを倒すって言うのはその通りだよ。けれど、設定じゃないの! 現実世界が本当に危ないの!」 「夢でそんなこと言われてもね。ここは僕の夢の中だし、覚めればすべてきれいさっぱりなくなるんでしょ?」 「ううん、なくならない。今こうしている間にも夢の侵食は進行しているの。夢から覚めたら、きっと光くんも現実世界で異変が起きていることが分かるはずだよ!」  そう語る夢葉の表情は真剣なものだったけれど、いまいち信じることができない。  たぶん、他の誰かが自分と同じ立場で言われたとしても、簡単には納得できないだろう。  夢の侵食とかいう、聞き覚えのない単語も出てきたし。  けれど、彼女が嘘を言っているようには、全く思えなかった。  少しだけ目を潤ませながら訴えるその顔と言葉には、それだけの力強さがあった。  とりあえず最後まで話を聞いてみよう。  本当かどうかを確かめるのは、夢から覚めてからで十分に間に合うし。  まあ、その頃にはほとんど忘れているとは思うけれど。 「正直、夢葉の言う世界を救うとか、現実世界が危険とか、よく分からない。けれど、何が起こっているのか一通り聞かせてもらってもいい? それを聞いたら、少しは信じることができるかもしれないから」  そう言うと、夢葉は頬を緩ませて両手の拳を胸の前で握りしめた。 「うん、分かった。光くんに信じてもらえるように頑張る!」  そう言って夢葉の話してくれた内容は、やっぱり現実離れしていて、夢とは思えない出来事であった。  まず夢葉は、黒幕である人物が夢と現実を反転させようとしていると語った。  これを夢葉は夢の侵食と名付けているらしい。  簡単に言うと、人々を夢から覚めなくさせる計画。  例えるならば毒リンゴをかじった白雪姫状態に、全人類を陥れる計画。  現在、それが現実世界でも影響が起き始めていると彼女は話す。 「寝ている人はどんどん目を覚ますのが遅くなっていく。起きたら次の日の正午、二日後、五日後。そしていずれは、もう二度と目が覚めなくなってしまうの」 「何でそんな風になるの?」 「私にも分からない。ただ一つ確かなのは、夢の侵食は、もうこの夢を光くんが見ている時点で始まっていることだけ」 「じゃあ、夢から覚めた後に、その黒幕を探す必要があるってこと?」 「それは無理だと思う。たぶんその人は、現実世界では誰にも見つからないような所にいると思うから」 「まあ、そうだよね。じゃあもしかして、外がダメなら内から倒すってこと?」 「その通り!」  彼女が言うには、自分が見ているこの夢世界には、確実に黒幕となる人物がいるとのこと。  理由は、夢葉の記憶の中に、それがインプットされているからだという。  けれど、自分一人で広大な夢世界にいる黒幕を探すのは不可能に近い。  それに、見つけたところで勝てるような力もない。  だからこそ、自分がいる共有夢を一緒に見ている人達を探し、協力を仰いで夢世界の中で黒幕を倒す、というのが夢葉の目的らしいのだ。 「なるほど、それで世界を救ってほしい、か……」 「お願い! 理解できないかもしれないけど、こんなことを頼めるのは、今は光くんしかいないの」  両手を合わせて懇願する夢葉。  これだけ色々と聞かされて、無視して何処かに行くわけにはいかないか。  外に出てもどこに行けばいいか分からないし。  一度、真剣に考えてみよう。  そう思い、軽く思考を巡らせてみたのだった。
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