エピソード2 世界を救う決意をした件

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エピソード2 世界を救う決意をした件

 夢葉が僕に協力を申し出たのは、夢葉がいる夢の中に、たまたま僕がいたから。  何が彼女を駆り立てているのかは分からない。  世界を救うために。  その使命感を胸に、こうして世界を救う仲間を一人でも探しているのだろう。  それはたぶん、自分じゃなくても申し出るに違いない。  その事実が、少しだけ胸に突き刺さるのは何故だろうか。  思春期かな。  単純すぎるでしょ。  夢の中とはいえ、かなり現実味のある世界。  とはいえ、どこまで行っても夢は夢。  夢で死んだとしても、夢から覚めればすべてなかったことになる。  そう考えてみれば、そんな無敵の世界でヒーローになることを厭いとう理由が果たしてあるだろうか。  好奇心一つでヒーローになれる可能性があるなら、頑張る価値はある!  それに、夢が大好きな自分にとって、こんな胸の躍る夢を見れる機会はそうそう起きない。  それならば、断る理由なんてどこにもない! 「分かった。僕は特別な力を持っている訳ではないけれど、もしかしたら何かの役に立てるかもしれないし、夢葉の言う黒幕探しに協力するよ」  いざ言葉にしてみると、何だか勇気が湧いてきた。  好奇心が胸から溢れ出してくるような、そんな気分に駆られた。  僕が申し出を受け入れると、彼女はパッと顔を上げて晴れやかな笑顔を浮かべた。 「ほんとにっ! ありがとう光くん!」  両手を掴んでブンブン振って喜ぶ彼女を見て、思わず苦笑した。 「これからよろしく、夢葉」 「こちらこそよろしくお願いします、光くんっ!」  本当に嬉しそうな表情をする夢葉に、純粋な子なんだなと改めて思う。  やれやれ、これから忙しくなりそうだ、なんて主人公の常套句を思ってみたり。 「さっそく冒険の旅に出よう!」 「そうだね。僕もお菓子の匂いに少し飽きてきたかも」  冒険の旅て。  夢葉は夢葉で、心が踊っているのかもしれない。  お菓子の扉を再度開けて外に出ると、さっきまで嗅いでいた甘い香りは消え、胸の奥まで澄み渡るようなおいしい空気を吸うことができた。  ヘンゼルとグレーテルも、いくらお腹空いていたとはいえ、この甘い匂いには長い時間耐えきれなかっただろうなと少しだけ思った。  とはいえ家を出たものの、外は青々とした大海原。  どこをどう歩いて行けばいいのか、全然わからない。  こういう冒険って、普通始まりの街からスタートするようなものじゃないだろうか。  マイ〇クラフトでスタート時点が砂漠マップで、周りが海しかない時の絶望感。  地平線の果てまで続く草原を前に、序盤から先が思いやられる。  けれど、よく目を凝らすと、太陽が輝くその真下に、何やら動く黒い塊が目に入った。 「ねえ夢葉。あれ、何だろう?」  指差す方向には、ぎりぎり肉眼で確認できるくらいの距離で、のそのそ歩く生き物がいた。  右手をかざしてキョロキョロしていた夢葉も、その方向に目を向けた。 「ほら、黒い生き物が動いているのが見えない?」 「ほんとだ! 何だろう、牛かな? いや、パンダかも」 「半分が黒色で、半分が白色……。初めて見る生き物」 「もしかしたら、私と同じで夢に住んでいるのかも」 「なのかなー」  どこかで見たことある気がすると思うけれど、なかなか思い出せない。  色々考えていると、その生き物は歩みを止め、今度は地面から生えている草を食べ始めた。  人間がいることだし、虫や動物の一匹二匹くらいはどこにでもいるか。  得体の知れない動物に対する興味が消えたところで、ふと一つ気になったことを夢葉に尋ねてみた。 「夢葉、共有夢を見ている他の人たちのことなんだけど……」  しかし、その先を口にすることは叶わなかった。  ――突然、目の前の視界が歪んだ。  頭の中に激しい頭痛が走り、世界がモノクロに変化する。  あまりの痛みに、右手で強く頭を掴んだ。  自分の身に一体何が起きているのか、全く理解できない。  もしかしたらマカロンに毒でも仕込まれていたのか。  それくらいしか思い当たることは無い。  けれど、夢葉もフランスパンをモグモグ食べていたはず。  隣にいる彼女は、苦痛に顔を歪めることもせず、けろっとした顔をしている。  じゃあ、これは一体何なんだ……? 「ゆめ、葉……これ、は?」  それ以上の言葉を喋ることはできなかった。  体の力が抜けて、草原に膝を崩して倒れてしまう。  胸の苦しみはなく、頭痛のみが脳裏に響く。  加えて、金属音が小さく鳴り響いているのも聞こえてくる。  その視界の端に、夢葉の顔が映った。  彼女が口を開いて何か言っている。  僕は最後の力を振り絞って耳を傾けた。 「――から、夢から覚める時間なんだね。じゃあ、また夢の中で」  小さく手を振る彼女の姿を脳裏に収めながら、僕はリリリという音がどんどん大きくなるのを最後に、完全に意識を失った。
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