エピソード3 夢オチした件

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エピソード3 夢オチした件

 リリリリと耳元でけたましく鳴る目覚まし時計を布団の中にかき込んで止め、ぼんやりとした頭の中がクリアになるのを待つ。  仮眠ということもあり、すぐに目は覚める。  むくりと起き上がり時計を見ると十七時半。  三十分しか寝ていなかったみたいだ。  けれど、何故だか頭が重く感じる。  仮眠をしたにも関わらず、逆に疲れたような気がするのは何でだろうか。  何か悪い夢でも見ていたのかなとふと思ったが、夢を見た記憶が自分の中にはない。  であれば尚更、深い眠りについていたはずなのだけれど。 「まあいいか。とりあえずお腹空いたし何か食べよう」  その謎について深くは考えず、本能のままに欲求を満たすため、冷蔵庫を目指して一階の台所に向かった。  一階のリビングの隣には和室があり、母は基本的にそこを就寝の場としている。  和室を一瞥した後に冷蔵庫を開けたが、その中身はほぼ空であった。  正確にはソーセージが一本ぽつりと置いてあるのみ。  これではお腹の足しにならないと炊飯器を開けて中を覗いたが、ご飯も炊かれてなかった。 「いつもご飯は炊いてあるはずなのになぁ」  御影家は親の仕事が早出ということもあり、母の起きる時間はいつも早く、曜日を問わず朝六時にはご飯が炊けている。  たった一人で自分を育てるため、出勤時間が早く帰りも夜遅い。  そのため母は、自分が三食食べれる分は必ず先に作り置きをしている。  父の姿を見た記憶は微かにあるがほとんど覚えてない。  母に理由を尋ねると、どうやら単身赴任をしているらしかった。  けれども、一度も家に帰ってきたことは無く、昔は父に会いたくて自分が何度も泣いていたのを今でも覚えている。  そんな日課が小学生の頃から続けられていたこともあり、違和感を持たざるを得なかった。  貴重な日曜日の睡眠を邪魔したくはなかったのだけれど、中学生なのでお小遣いも限られる。  今月分はすでに世間に出回っていて、微々たる分しか残っていない。  和室を開けると、姿勢よく仰向けに寝ている母の姿が目に入る。  僕はその前で一度手刀を切ると、 「お母さん、ご飯がなくて飢えちゃうよ~」  と声を掛けた。  ついでに体を揺する。  しかし反応は皆無であり、瞼が痙攣することも唸り声を上げることもなく、行き場を失った手で頬を掻いた。  よっぽど疲れているのかもしれない。  起こすのはよしておこう。  すると、和室の片隅にあるテーブルに財布が置いてあるのを見つけた。  世界を救うのは愛かお金か。  今の自分の世界を救えるのは、起きるまで待つという愛よりも空腹を満たす手段であるお金だった。  だから余計なものには手を触れず、五百円硬貨を三枚だけを抜き取り、僕は食を求めて外に出た。 ***  結局その日のうちに母が起きることはなく、翌朝リビングに向かうと、 「あらまあ日付が一日飛んでいるわ! もしかして一日中寝ていたのかしら。  あ、光おはよう。まだご飯できていないからちょっと待ってね。よかったら近場のコンビニで何かを、あら、千五百円減っているわ。一昨日何か買ったのかしら」  と財布を片手にあたふたと戸惑う母に遭遇した。  昨日のことを黙っているのも致し方ないので朝昼夜と三食それぞれ五百円ずつ使用したと伝えると、「そういうことね」とすぐに納得した。 「じゃあ朝食もそうしてもらえるかしら。洗濯や掃除も残っているし」 「はーい」  再び五百円を手にして今日も家から徒歩五分のコンビニに向かう。  これは自分が中学生なのだからか、コンビニでご飯を買うことにちょっとした贅沢感を感じる。  普段は母の作るものしか食べないからなのかもしれないけれど。  そうして朝のバタバタは家を出る頃には収まりを見せ、今日も静かな学生生活がスタートした。  自転車をシャリシャリと鳴らしながら走らせること三十分。  通学者と朝練を行う生徒が運動場を行き交っている、既に二年間を共にした森山中学校に到着した。  学区に住宅地が密集している上、その規模も多いことから、生徒数は千人を超える。  下駄箱に向かうと、まだ新調したばかり制服に身を包む一年生の姿を多く見かけ、まだ中学生活が三年間残っていることに羨しさを覚える。  自分が経験してきた中学生活二年間は、夢くらいしか面白い記憶が残っていないくらい、希薄なものだった。  その主たる原因は帰宅部なのだからだろうと自覚はしていた。  三年生の校舎は渡り廊下を渡った先にあり、僕が新たに所属することになったのは二階の三年二組。  その扉をガラリと開くと、談笑に興じる人や眠りにつく人、そして窓の外を見てボーっとしている人、三者三葉。  その中に知り合いはおらず、自分の席である廊下側の後ろから二番目の席に腰を掛けた。  クラス替えをしたばかりなので、未だ番号順で席が割り振られている。  反対側で物思いに耽ふけるクラスメイトに倣ならって、自分も頬杖をつきながらボーっと前を見つめる。  朝バタバタしたおかげで目は覚めていて、思考もクリアに働く。  だからなのか、何故か頭の片隅でぼんやりと何かが浮かんでは消えるという現象に見舞われた。  この違和感は一体何なのだろうか。  そんな宙に浮かぶ雲を掴もうとする感覚に襲われていると、いつの間にかHRを告げるチャイムが鳴り、担任の先生が入ってきた。 「おはようございます。おや、今日は欠席がちょっと多いですね」  まだ三十代の若い教師がそう言うと、教室内がざわめいた。  生徒の数が四月にしては珍しく、三年二組ではちらほら欠席が見られた。  自分の後ろの席も空席で、欠席は合わせて五人。  春風邪でも流行っているのだろうか。  明日からマスクをつけておこう。フェイスシールドは目立ちすぎか。 「みなさんも風邪には気を付けて、うがい手洗いを心掛けましょう。ではHRを始めます」  僕と同じ印象を抱いた担任はそう言うと、今日の時間割変更をいくつか告げた。  先生の中でも欠勤が起きているのがその原因らしい。  先生が複数欠勤、それも四月の頭に。  ちょっとこの学校が心配になってきた。  そんな不安を生徒の間に残して、担任は教室を出た。  授業の開始まであと三分ほど残っている。  いそいそと一時間目に使う教科書を準備した。  すると、後ろからカラカラと小さな音が聞こえた。  誰か来たのだろうかと思い僕は振り返った。  そこにいたのは、HRに遅刻したことを恐れて物音を立てないように入ろうとしていた、一人の女子生徒。  肩の後ろまで流れる綺麗な黒髪に、くりくりとした丸い瞳、そして星形のピンバッチを髪につけていた女子生徒。  そう、その姿はまるで……。 「夢葉!?」
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