エピソード4 瓜二つの少女に会った件

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エピソード4 瓜二つの少女に会った件

 思わず大声を出して立ち上がった僕の奇行に、教室内が一瞬にして静まり返る。  扉から半分体を出していた彼女は一緒に注目を浴びたことにより、あたふたしながら視線を泳がせた。  そんな彼女の顔をまじまじと見て、僕は確信した。  彼女は、夢葉であると。  その瞬間、今まで忘れてしまっていた昨夜の夢の記憶が鮮明に蘇り始めた。  お菓子の家、夢葉、そして夢の侵食。  世界を揺るがす、恐ろしい計画のことを。  思えば、今朝から違和感はあった。  母が日曜日に一日中眠っていたこと。   声を掛けても揺すっても起きなかったこと。  それは夢の侵食の影響を受けていたからではないだろうか。  今日の欠席が生徒だけでなく先生まで広まっているのも、同じ理由だろうと推測する。 「夢の侵食は、もう始まっているんだ……」  教室に入ろうか入るまいか迷っている夢葉を見て僕は思う。  夢葉は自分のことを夢の住人だと言っていた。  それはつまり、現実に体が存在しないということを意味するはず。  では、この夢葉と瓜二つな少女は本当に夢葉なのだろうか。  ただ、初めて彼女を見た時に感じた既視感は、彼女であることに間違いはなかった。  まだ新学年が始まったばかりということもあり、今まで気づかなかったけれど。 「えっと、とりあえずおはよう」 「……おはようございます」  ちょっと低めの、暗い感じの声が返ってきた。  彼女のことを覚えているとはいえ夢の中での話。  音声の記憶は頭の中にほとんど残っていない。  加えて、彼女の印象は活気的だった夢葉と正反対のものだった。 「もしかして、君の名前は夢葉って言ったりする?」  確証が持てないため、ストレートに彼女に問いかける。  これで彼女の名前が夢葉であったならば、夢の中で彼女が言っていた夢の住人というのは嘘ということになる。  もしかしたら忘れてしまっているだけかもしれないけれど、もしそうであればわざわざ夢の中に入らなくても、ここで直接色々と聞き出すことが出来るかもしれない。  そんな期待を抱きながら答えを待つ僕に、夢葉は視線を逸らしながら答えた。 「……わたしは、夢葉じゃないです。水無瀬早希(みなせさき)です」  返ってきたのは、NOの答え。  文字一つすら合っていない、完全な別人だった。 「そうなんだ。つい知り合いに顔が似ていたから」 「……そうですか。あの、席に座ってもいいですか?」 「あ、ごめん」  水無瀬は僕が両手をついて身を乗り出している机を指差しながら、無表情のままそう言った。  クラスメイトの冷たい視線を感じ、僕は慌てて机から離れ、両手を上げて無抵抗の意を示す。  水無瀬早希。  自分の周辺のクラスメイトの名前すら憶えていないなんて、とんだ不届き者過ぎたとちょっぴり反省する。  今日からちゃんと名前を憶えて行こう。  そんなことを思いながら自分の席に着いた。  冷静になったことで周囲からひそひそと声が聞こえる。 「おい、あんな可愛い子、うちにいたっけ?」 「俺としたことが、完全にノーマークだったぜ。あとで話しかけに行こうぜ」  ちらっと後ろを見ると、俯いて長い髪の毛で顔を隠す水無瀬が目に入る。  そこから若干見えている口元は、少しかみしめているように見えた。  あまり注目されることは慣れていないのだろうか。  だとしたら本当に申し訳ないことをした。  あとで謝っておこう。  朝から慌ただしい雰囲気が漂う中、ガラガラと今度は前の扉が開き、一時間目の国語担当の先生が入ってきた。  担任の先生が言っていた通り、他学年の代理の先生だった。  僕が引き起こした騒動、そして休む生徒と先生の突然の増加。  朝から不穏な空気の流れる教室の中で僕は、昼休みに水無瀬を昼食に誘おうと心に決めた。   名前間違えたのをちゃんと謝りたかったのもあるけど、何となく彼女と話してみたい。  そう思う気持ちが心の中に湧いていたからだった。 ***  午前中の授業が淡々と進み、昼休みを告げるチャイムが鳴る。  五分前に先生が退出した教室では、各々が新しくできた友達の元へ駆け寄り、机をくっつけて食事の準備を始めている。  そんな中自分は、チャイムが鳴ると同時に教室を出た。  そのまま打って変わって騒がしくなった廊下を歩きながら、目的地に向かう。  階段を降りるときにちらりと教室を見て、彼女がちゃんと来ていることを確認しホッとする。  向かった先は中庭。  中央に大きな噴水があり、その周りにぐるりと綺麗な草花が生えており、風情があってよく訪れる。  ここは景色もいいためか、生徒が談笑するためのベンチが一定間隔ごとにいくつか置かれている。  昼休みになると女生徒を中心に徐々に埋まっていく。  しかし、まだ授業が終わったばかりということもあり人はいない。  その中で、運動場から死角に入る日陰に置かれているベンチに腰を掛けた。  そして持ってきた弁当箱を置くと、向こうから歩いてくる子に手招きをして場所を知らせる。  彼女は走って僕のところまで来た。 「ごめんね、急に呼び出しちゃって」 「……大丈夫です。教室にいても一人で食べるだけですし」  彼女、水無瀬早希は黄色の星が無数に描かれた包みを持って僕の隣に腰掛けた。 「あはは、それなら明日から僕と食べない? 席も近いし」 「……それは、告白か何かですか?」 「にゃ! そういう訳じゃ……」  首と手をブンブン振って否定する。  初対面なのに告白するとか、そんなの初恋か新手のナンパくらいだ。  必死に否定する僕を尻目に、彼女はクスクスと笑う。  そこで初めて、彼女の言葉が冗談だと気付き、ホッと胸を撫で下ろした。  声を掛けずに彼女を呼び出せたのは、席が前後ということを利用して、授業中に、 『ちょっと聞きたいことがあるんだけど、昼休み一緒に食べない?』  と書かれた紙をこっそりと送ったことにある。  返事はすぐ返って来て、 『分かりました』  と小さな丸文字で書かれた紙が返却された。  今朝の件からあまり目立つことが好きじゃないと知ったので、こっそりと誘ったのだった。 「……それで、私に何が聞きたいのですか?」 「そんなにたいしたことじゃないんだけどね。それと、僕に対しては敬語じゃなくていいよ。なんか僕が留年したみたいな感じがするし」 「……ごめんなさい、私、昔からこの喋り方なのでこのままでもいいですか?」 「そうなんだ。まあ、そっちの方がいいなら」  小学生の時も敬語で喋っていたのか。  まあ、一人称の呼び方は色々あるし、口調が色々あってもおかしくないか。  ピンクの箸を彷徨わせる水無瀬を見ながら、僕は話を切り出した。 「聞きたいことっていうのは今朝のことなんだけれど、まずは突然驚かせてしまってごめん。水無瀬さんが僕の夢の中に出てきた夢葉って女の子とそっくりだから、もしかして本人じゃないかって思って」  喋っているうちに自分が頭のおかしいことを言ってるのを自覚する。  夢占いじゃあるまいし。  案の定、水無瀬は怪訝な表情を浮かべた。 「それはもういいですけど、私そっくりな女の子って、どういう意味ですか?」 「うーん、簡単に説明すると…」  夢の内容を整理するため、思い出したことを順序立てて説明した。  話していくうちに記憶も徐々に蘇り、話し終えた頃には鮮明になっていた。  お茶を飲んで一息つく。  横目で水無瀬を見ると、彼女は空中に漂うアゲハ蝶を眺めていた。  その視線は徐々に降下し、そのまま僕と目が合う。 「ごめんなさい、心当たりがないです。昨日夢を見た覚えもないですし」 「それは忘れてしまったとかではなくて?」 「はい、ここ最近は夢を覚ましたら朝になっていることが多くて、夢を見た記憶はないです」 「熟睡できる体質なのかもね。羨ましい!」  そう言いつつも、見当違いだったことを改めて理解し少し肩を落とす。  水無瀬が夢葉であったならば、黒幕探しの助言をもらえることに加え、作戦タイムの時間も稼げる。  そういう打算もあったんだけど、ただ容姿が似ているだけ、という結果に終わってしまった。  元より聞く予定だった話はそれだけだったため、次の話題が思いつかず、黙々とおかずを口に運ぶ時間が続く。  振り返ってみれば、水無瀬と話すのは今日が初めて。  ほぼ初対面なことを今更ながら自覚した。  そんな中、先に口を開いたのは彼女の方だった。 「御影さんは、これからどうするんですか?」 「これから、っていうと夢の中でのこと?」  コクリと頷く水無瀬。  再び合ったその瞳は、奥まで透けているように思えた。  その透明さに吸い込まれないよう、視線を上に逸らし、頭を掻きながら答える。 「もちろん、夢葉に協力するつもりだよ。実際に現実で夢の侵食の前兆が起きているから、夢の中での話は間違いではないだろうし、何より約束したからね。協力するって」 「けれど、夢の中での話ですよね。次に見る夢がその昨日見た夢の続きになることなんて、ありえないです」  誰もがそう思う、当たり前のことを水無瀬は言う。  夢は記憶の断片が組み合わさって作られる、摩訶不思議な世界。  それを夢の世界は地続きになっている一つの世界だと語っているのだ。  おかしいと思われても仕方がない。  けれど、僕は言った。 「いや、きっと続きが見られるさ。今日眠ったときにはまた夢葉がお菓子の家にいて……」 「全部、嘘の世界の話ですよ? 目が覚めたら消えてしまう夢なんですよ?」 「そうだとしてもだよ」  理解できない、と否定する水無瀬に対し、僕は本心を告げる。 「僕は最初、夢世界でヒーローになれるのではないかっていう軽い気持ちで彼女の要求を飲んだんだ」  僕の根源的な動機は夢葉への協力ではなく、夢の侵食と言う面白そうな設定の中で、夢の中でくらいならヒーローになれるかも、と思ったこと。  けれど、こうして現実で夢の侵食の影響が出ているのを目の当たりにして、夢世界であったことが本当のことであると思うようになった。  そんな最中、僕は授業中にずっと、初めて会った時の夢葉の姿を思い浮かべていた。  脳裏に浮かぶ、夢葉の真剣な眼差し。  それが夢の中だからなのか、一人でいたら、そのまま消えてしまいそうな儚さを感じた。  彼女は僕が協力しなければ、一人でも黒幕に立ち向かうのだろう。  それだけのひたむきな気持ちが、彼女から感じられた。 「けれど、今はそうじゃない。彼女の願いをかなえてあげたいと思うんだ」  目の前で一生懸命に頑張ろうとする女の子を見て、自分が何もしない訳にはいかない。  男とは、そういう生き物だ。  はて、彼女はなんて答えるだろうか。 「そうですか」  小さく呟きながら下を向く水無瀬の次の言葉を待つ。  返ってきたのは、「クスッ」という小さな笑い声だった。  その笑いは徐々に大きくなり、口元を押さえて笑う彼女の顔が髪の中から現れた。 「夢葉さんのこと、すごい信頼しているんですね」 「信頼、というほどまだ深くは知れていないんだけれどね」  出会って間もなく夢から覚めてしまったのだからしょうがない。  ひとしきり笑うと、水無瀬さんはペロッと桜色の舌を小さく出して、 「ちょっと意地悪なことを言ってみました」  と小悪魔めいた顔で言ったのだった。 「御影さんって、面白い人ですね」 「うーん、面白いかどうかはともかくとして、夢を信じるなんてちょっと滑稽かもね」  でも、と彼女は続ける。 「いいと思いますよ、とてもすごく」
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