エピソード8 水無瀬に追及された件

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エピソード8 水無瀬に追及された件

硬直したのも束の間、再び脳が揺れ始め、感覚を失ったまま勝手に口が喋る。 「夢葉ぁー? 一体誰のことー?」 「何を言っているんですか。夢の侵食を一緒に食い止めると仰っていた、女の子のことですよ」 「夢の侵食ぅー? 夢は一つなんかじゃないでしょー?」 「いいえ、今は一つなんです。どうしたんですか、夢葉さんと喧嘩でもしたんですか?  夢葉さんは今どうしているんですか?」 「もー、夢葉夢葉うるさいなー」 「うるさいと言われても、私は言いますよ。今日の今日こそは洗いざらい吐いてもらいます。さあ、夢葉さんと何が――」 「うるさいって言ってるんだよ!」 「きゃっ!」  しつこく追及してくる水無瀬の夢葉連呼に対して怒りを爆発させ、ベンチから立ち上がり、彼女を全力で突き飛ばした。  言動を制御できない上に力の加減をすることもできず、元より華奢な水無瀬の体は、中学三年生の男の全力の力に為すすべもなく向かいの花壇の中に突っ込んだ。  その瞬間、僕は我に返り、自分がたった今やってしまったことに気付き、自分の手のひらと水無瀬を交互に見比べる。  なんてことを、僕はやってしまったんだ。  すぐさま水無瀬に駆け寄った。 「ご、ごめん水無瀬さん。た、立てる……?」  暴力を振るっておきながら、彼女が自分の手を握るわけがない。  けれど、放っておくわけにもいかない。  そんな複雑な感情が混ざりながら、僕はおずおずと水無瀬に手を差し伸ばす。  けれど、そんな自分の不安に全く気付いていないのか、水無瀬は「ありがとう」と素直に手を伸ばした。  しかし、立ち上がろうとしたところで苦痛に顔を歪ませた。  肩を貸して、彼女を自分が先程まで座っていたベンチに下ろす。 「どこか痛む?」 「足首がちょっと……」  水無瀬が差したのは左の足首。  自分が無理に押し倒した時に足首を捻ひねったのだろう。  白い肌が少しだけ赤くなっていて、腫れているのがすぐに分かる。 「保健室に行こう」  僕は自分の背中を水無瀬に向けてしゃがみ込んだ。  保健室までは少し歩かないといけない。  肩を貸すよりも、こっちの方が負担は少ないはず。  すると彼女は心配そうな声で尋ねてくる。 「御影くんはずっと寝ていないんですよね? 私を支えたら、潰れちゃいます」  自分の状態を顧みずに心配する水無瀬。  けれど僕は首を振って手をパタパタとさせる。 「水無瀬さんを支えるだけの体力は残っているよ。ほら、乗って」  とはいうものの、体がいつも以上に重く感じられるのは事実。  顔も相当疲れて見えるに違いない。  それを隠すという意味もあり、おんぶを選択したのだ。  最初は躊躇していた様子であったが、しばらくすると背中に重みが感じられる。  膝裏に手を通して、足に踏ん張りをつける。 「よし、じゃあ立ち上がるよ」 「……うん」  くいっと持ち上がる水無瀬の体。  その体は思った以上に軽く、ほとんど重さを感じなかった。  こんなに華奢な子に対して僕はなんてことを。  自分がしてしまったことを反省し、水無瀬を絶対に落とさないように、力を入れすぎないように支える。  軽いとはいえ、四日も寝ていない体。   一歩踏み出すたびに汗が滴り落ちる。  足取りは軽やかに、しかし体力は徐々に消耗される。 「ほ、本当に大丈夫ですか?」  足取りに若干のふら付きが起き、背中越しに水無瀬の心配する声がかかる。  けれど僕はやせ我慢ではなく本心から答える。 「心配しないで。水無瀬さんを届けるまでは絶対に落とさないから」  一歩、そしてまた一歩と歩みを進める。  外で食事をする者、弁当を早々に食べ終えて遊んでいる者、校舎内を移動する者。  そうした生徒たちの視線を浴びながら、着実に保健室屁と近づいてくる。  すると、肩の辺りに額が当たるのを感じた。  背中を預けられているという感じがして、心地よさを覚える。  何とかして目的地である保健室に辿り着いた。  その扉に掛けられたプレートには、「先生不在」の四文字が書かれていた。  けれど、迷うことなく扉を開け、水無瀬を近場のベッドへと運び込む。  保健室内には誰もいないようだった。  ベッドの上に彼女を下ろしたところで、大きく息を吐く。  重い荷物を運んだわけじゃないのに、疲れがドッと押し寄せてくる。  とはいえ、まだやることがある。 「えーと、捻挫にはまず冷やさないと」  保健室の戸棚に氷のうを三つ発見し、冷凍庫から氷を取り出してその中に入れて水無瀬に手渡した。 「はい、これを手に当てて」 「……ありがとうございます」  三つの内二つを水無瀬に渡し、残り一個を持ってかがむ。 「あー、足首の方が腫れているみたい。ちょっと痛いけど我慢してね」 「……うっ」  氷のうを足の上に乗せ、一緒に持ってきた固定テープを巻く。  その時に少し力が入ってしまい、水無瀬は少し顔を歪めた。  テープを巻き終えると、立ち上がって水無瀬と反対側にあるベッドに腰を掛けた。  同時に、僕の口から大きな欠伸が出た。 「……やっぱり眠いですか?」 「こんなに眠いのは初めてだよ」  そう言うと、また大きな欠伸が飛び出る。  水無瀬が心配そうな顔を向けるため「大丈夫だよ」と力なさげに言い、 「本当にごめん。水無瀬さんを傷つけたくなかったのに」  座った状態で両膝に手をつけて深々と謝った。 「いえ、私が少し煽るようなことを言ってしまったのがいけないですから」  水無瀬は最後まで自分が悪いと言い切る。  その優しさが自分の心に突き刺さったが、何度謝っても堂々巡りしそうだったので、僕は心の中でごめんと、最後にもう一度謝った。 「それで、夢葉のこと、だったね」  一通り落ち着いたところで、まずは僕から話を切り出した。  水無瀬は恥ずかしそうに逸らしていた顔を上げ、僕の言葉に頷く。 「はい、夢葉さんと世界を救いに行くって話してくださったあとに、御影くんが変になりましたので」 「……四日前に見た夢が、本当に悪夢だったんだ」  印象的な夢である程、起きた後も残っているもの。  その悪夢を見た僕とっては、死という今はまだ遠い存在であるものを目の当たりにした。  その記憶は四日経った後も鮮明。  記憶を辿るように話す度に、脳裏に夢葉の苦しそうな顔が浮かんでくる。  そんな僕の話を、彼女は瞳を逸らさず、最後まで真剣に耳を傾けてくれた。 「……というのが、僕が見た夢の内容だよ」  額に何筋もの汗を垂らしながら話を終える。  夢ではあるけれど、話してみると思った以上に重い話だと思った。  夢なのか現実なのか、その判断は未だについていないけれど。 「えーと、水無瀬さん?」  顔を正面に向けたまま呆然として動かないので、僕は彼女の顔の前で手を振ってみた。  何度か振ると水無瀬はハッと目を開いて、 「ごめんなさい、ちょっと想像以上でした」  と小声で言った。 「少し感情移入をして考えてみましたが、そんなことがありましたら、混乱もしてしまうのも無理ないと思います」  片方の手で腕を押さえ、体を抱える水無瀬。  まるで自分のことのように考えてくれているその姿を見て、優しい人だなと思った。 「ちょっと重い話だったよね。もうちょっとオブラートに包んで言うべきだったかもしれない」 「……でも」 「ん?」  伏せていた目を再び上げ、水無瀬は意志の籠こもった目で僕に訴えかける。 「きっと夢葉さんは生きていますよ」  何の根拠があるのか分からない。  けれど確信めいた表情をしている水無瀬に、僕は首を傾げた。 「けれど、夢葉が落下するのは目撃したことだし……」 「でも、マグマの中に落ちたのは見ていないんですよね?」 「まあ、そうだけど」 「これは私の想像なんですけれど、その黒幕の人は、人を馬鹿にするのを好んでいる気がするんです。だから、御影くんが恐怖するのを楽しんでいたんじゃないでしょうか?」 「楽しんでいた?」 「はい、なのでおそらく、夢葉さんがマグマに落ちる寸前で夢葉さんをどこかに瞬間移動させたのだと。私はそう思いますよ?」  それは水無瀬の心からの気遣いなのか、それとも本当に思っているのか分からない。  けれど、夢葉が生きている可能性を提示され、僕の心の中は幾分か楽になった気がした。 「それは本当に、悪夢だったのかもしれませんし、御影くんが最初に見た夢世界とは、別物なのかもしれませんよ?」 「別物? じゃあ、ランダムの可能性で最初に夢葉がいた世界の夢が見られるってこと?」 「はい、あのお菓子の家があるところです。可能性の一つですが」  水無瀬は人差し指を口の前で立て、ニコリと笑顔を浮かべた。  あくまで可能性の一つとはいえ、。言われなければ気付かなかったことだった。  彼女の笑顔につられて、疲れた顔も少しだけ口角が上がったような気がする。 「ありがとう、水無瀬さん」 「いえいえ。夢葉さん、無事だといいですね」  微笑む彼女の顔を見て、悪夢のことを話してよかったと、心の底からそう思った。  全身が安心に包まれたことで、四日分の睡眠欲が脳内で溢れ出す。  僕はその欲に抗うことはせず、ベッドの上に倒れ込む。  急に倒れたことで水無瀬が慌て出したのを僕は手で制して、 「僕はちょっと寝るよ」  と睡眠宣言をした。  それを聞いて水無瀬は一瞬キョトンとしたが、柔らかい表情を見せた後、おやすみなさいと告げてくれた。  やっぱり、水無瀬さんは夢葉とそっくりだな。  そう思いながら僕は目を閉じ、本能のままに眠りに落ちたのだった。
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