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(第1巻)3.
翌朝、俺は気付いたらベッドに寝ていた。あれ? 記憶がない。おまけに頭が痛いし、喉がものすごく渇いてる。え? 服着たまま寝てた……?
とりあえず、下に降りると母さんがニュースを見ていた。
「おはよう。昨日は大変だったのよ」
「大変? 覚えてないんだけど」
そう言って俺は水をコップに入れて飲み始めた。ああ、頭痛い。
「二日酔いでしょ。どれだけ飲んだの?」
え? そう言われて俺は思い出した。英語のレベルチェックが終わって、山本に待ち伏せされて、焼き鳥屋に行ったんだ。そこに安西と広瀬が来て、青木と先生と生徒も来て……。
「俺、どうやって帰ってきたんだろ?」
「会社の人が、背負って連れて帰ってきてくれたのよ」
「マジで?」
恥ずかしさと情けなさで顔から火が出そうだった。
「お父さんに似て飲めないんだから、飲んだらだめよ」
そう言って母さんは父さんの仏壇を見た。
「そうだ、山本がビールをジョッキで頼んで、ブライアンと話し始めたら、酔ってる方が英語が出てくるからってもう1杯飲んだんだった」
「ああ、外国人の人がいたわね。会社の人?」
「いや、英会話の先生。ロンドン育ちだって言うから、話が盛り上がったんだけど、何話したか覚えてないなあ」
「ご飯とお味噌汁飲んだら、酔いが醒めるんじゃない?」
そう言って母さんは、朝兼昼ご飯を用意してくれた。もう11時半か。ああ、明日、みんなに謝らないと……。
*****
月曜日。みんなに会うのは憂鬱だが、しょうがない。それに金も払ってない。誰が立て替えてくれたんだろ。
タイムカードを押して、更衣室に行くと広瀬はいなかった。急いで作業着に着替えてから、営業部に行くと安西がいた。
「ごめん、金曜は。俺、酒飲めないのに、飲んじゃって……」
「お前、意外に重いんだな」
「背負ってくれたのって安西? ごめん!」
穴があったら入りたいくらい恥ずかしい。
「広瀬が足を持って俺への負担を減らしてくれたよ。飲み代は青木が立て替えてるから。1人3,300円な」
「ありがとう……」
このまま消えてなくなりたい俺は、まさに蚊の鳴くような声でお礼を言った。
「また飲みに行こうや」
え? 懲りたかと思ったが……。
「い、いや、いいよ。もう不様な姿とか見せたくないし……」
「今度はサワーにしとけよ、軽いから大丈夫」
「あ、ありがとう……」
ああ、恥ずかしい。でも安西は兄貴と同じ年だし、なぜか安心できる。
営業部を出て整備部に向かってると、
「金曜のこと、覚えてるか!?」
後ろから羽交い絞めにされた。広瀬だ!
「覚えてるか? 金曜のこと?」
「……い、いや、あんまり……」
「お前、青木に抱きついて大変だったんだぞ」
え? そんなバカな! 好きでもないのに!?
「……嘘だろ?」
「青木はその気満々だから、責任取らないとな」
「責任って何のだよ?」
「結婚に決まってるだろ!」
「……抱きついただけで?」
「お前さ、海外ではハグかもしれんが、ここ、日本だから」
……信じられない。ブライアンの連絡先を聞いておけば良かった。会社の連中は信用できない。
「小川君」
振り向くと青木がいた。
「あ、金曜は……」
「お酒弱いのね……」
「あ、うん。父さんも飲めなかったから、体質だと思う……」
本人に聞くのが1番だろうか?
「1人3,300円だったから」
「あ、あのさ……」
「なあに?」
「俺……」
この青木の目がその気満々の目なのか? ああ、わからない。
「俺って金曜に抱きついたのか?」
「誰に?」
「お前に」
「抱きついてほしかったけど、ブライアンと盛り上がっちゃってさ……」
広瀬め! やっぱり奴は信用できん! え? 抱きついてほしかった? 最近の女性は積極的なのか? それとも俺が草食男子?
何か言いたそうな青木を後にして、更衣室へ向かった。広瀬を締め上げないと。
「広瀬……」
俺は広瀬をにらみつけた。
「青木に確認したけど、抱きついてなかったぞ!」
「本人に聞くなんて、勇気あるね」
「それが1番手っ取り早いからな」
もう仕事にかかろう。早く金曜のことは忘れよう。その場を去ろうとする俺に広瀬はまだ話しかけてきた。
「ほんとに何も覚えてないのか?」
広瀬はしつこい……。
「ある程度は覚えてるよ」俺がぶっきらぼうに答えると
「実はお前はモテてるって話は覚えてるだろ?」
ああ、そういえばそう言われてたな。
「覚えてるけど、そんなことないと思う。勘違いだよ」
「勘違い!? なんでモテないと思うわけ?」
「……理由はないけど、告白されたこともないし……」
「それ、ほんとは告白されてたのに、気が付いてなかっただけとか?」
「……そんなにボケてないよ」
でもさっきの青木の言葉って、実は新しい告り方とか?
「バレンタインのチョコは?」
「ああ、もらったことあるけど」
「会社でも、もらったことあるだろ?」
そういえば、同期女性陣もくれてたけど、義理だと思ってた。
「義理だよ」
そういや、ホワイトデーにお返しすらしてなかったのに、毎年くれてたな。
「俺、義理チョコすらもらってないんだけど」
え?
広瀬は俺の肩をたたきながら
「お前はモテてるの。認めろよ。でさ、もし女性陣の連絡先わかったら、俺にも教えて」
それが目的かよ?
「個人情報保護法に反するから教えない」
「守らなくて良いだろ?」
何言ってんだよ?
「誰のも知らないし、たとえ知ってても絶対教えないからな」
「良いじゃんよ、『お前から聞いた』なんて言わないから」
「自分で何とかしろよ。出会い系アプリだってあるだろ」
「うまくいくわけないじゃん。わかるだろ?」
ああ、確かにわかる。俺も無理だった。
「それにもう風俗にも飽きてきたし……」
え?
「お前、風俗に行ってんのか?」
「小川はどうしてるんだよ? 自家発電か? それともお前まさか、まだ……」
なんで俺が、こいつにそんなことを答えないといけないのか……。無視して仕事に戻ることにした。
「おい、逃げるなよ!」
ああ、早く今週が終わって欲しい……
*****
やっと木曜日終了。今週長すぎ。もう週末は絶対ゲーム三昧だ。トーマスからも誘われたが、先週は二日酔いがひどすぎた。情けない。今週こそフォートナイトのアリーナポイントを稼いで、チャンピオンリーグに到達したい。
会社を出ると、山本がいた。この間とは違う意味で派手だった。なんで、ラメ入りのスカートなんて履いてるんだよ……。
「小川君、これ」
そう言って山本が小さな紙を俺にくれた。
「何、これ?」
「フィットネスクラブの法人チケット」
「ああ、500円で行けるやつか」
すっかり忘れてた!
「これ持って行って、入り口で500円払えば良いの」
「知らなかったなあ。どこでもらったんだよ、これ?」
「総務に行けばもらえるわよ」
「ありがとう。ガンガン利用するよ」
「今週土曜に一緒に行かない?」
え? それはちょっと……。
そこに広瀬が来た。今日は神様に見える。
「広瀬も明後日フィットネスクラブに行かないか?」
普段の俺なら絶対誘わないが、山本と2人でフィットネスってないよなあ。
「そうよ、広瀬君も一緒に行きましょうよ。智子もめぐみも行くわよ」
あ、2人だけじゃなかったのか、良かった。
「めぐみちゃん来るんだ。行くよ! 安西も誘うか? あいつ、最近彼女と別れて暇してるらしいし」
「なんでそんなこと知ってんだよ?」
「本人から聞いたからさ」
そんなにこいつら、仲良かったのか?
「小川君は泳ぎたいんでしょ?」
「ああ、そうだな」
「じゃあ、基本プールということで」
「俺に合わせなくてもいいけど」
「なんでよ、そうじゃないと一緒に行った意味がないじゃない」
俺のために行くわけじゃないと思うが……。
「良いねえ、同期の水着姿! この営業所、社員旅行ないから結構つまんないんだよな」
広瀬って実は女好きらしい。
「他はあるの?」
「あるところもあるらしいぞ」
社員旅行……。絶対行きたくない。
*****
仕事が終わると、最近必ず誰かが待ち伏せしている。この会社に入社して6年。なんでいきなり誘われてるんだろうか? ほんとにモテてるならもっと早くこうなっても良かったんじゃないかと思うが? 何か裏がある?
今日は青木が待っていた。
「明日楽しみにしてるから」
駅へ向かって一緒に歩き始めた。
「俺は泳ぎに行くんだけど、お前はどうすんの?」
「私はアクアビクスだから」
「何、それ?」
「プールでエアロビよ」
……想像つかないが、まあいいか。
「やってみたら? 面白いわよ」
「……泳ぐのに飽きたらな。たぶん飽きないけど」
「高校で水泳部だったの?」
「うん」
もう俺の家の前だ。職場、近すぎ。
「じゃあな」
「明日、駅前1時だから」
「わかってるって」
*****
夕食を済ませて、やっとパソコンのスイッチを入れた。久々のフォートナイト。でもトーマスもケビンもオフラインだった。日本は金曜の夜でも、イギリスは金曜の昼間。仕事中だよな。俺の人生ってつまらないんだな。明日同期と初めて会社以外で会うが、これを機に少しでも俺の人生が充実してくるといいけど。
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