(第1巻)5.

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(第1巻)5.

 プールの後にシャワーを浴びたとはいえ、顔も洗わず寝てしまった。久々の運動で気持ちよかったが、朝起きたらひどい筋肉痛だ。もっとまめに泳ぐことにしよう。  安西に連絡を取ろうとラインをみると、25件? そんなに友達いないんだが……。案の定、女性陣からだった。  読んでみると、要するに『土曜は楽しかった』ということか。返信しなくていいだろう。  安西にラインしてから、朝昼兼用を食べて部屋へ戻ると返事が来ていた。 『やっぱり痛みが戻ってきた。ビールのせい?』  思った通りだ。 「今日行くよ。家どこ?」 『助かるよ! 家は……』  安西のマンションはうちから5駅離れた場所だった。駅から徒歩10分ほどだったが、近所に公園もあるし、なかなか良さそうな環境だった。マンションもオシャレな感じで高そうだけど、営業ってそんなに給料良かったっけ? 「わざわざありがとう。助かったよ」  そう言いながら、安西がドアを開けた。3階の南向きのようで、日当たりの良い2DKだった。 「てっきりワンルームだと思ったけど、広いとこ住んでんだな」 「ああ、彼女と同棲してたからな。でも別れたし、狭くて安いところに引っ越すよ」  同棲? そうだったんだ。 「じゃあ、またうつ伏せになってくれる?」  安西の腰を触ると昨日よりはましな気がした。 「今日は時間あるから足からスタートするよ」 「腰なのに足も関係してるのか?」 「だから足も疲れてるんだよ」  痛かっただろうが、我慢しているようで安西は無言で畳をたたいていた。  マッサージをしながら部屋を見渡すと、確かに女性と住んでいたという形跡があった。例えばカーテンも花柄だったり、台所もたくさん調味料があった。どう考えても安西の趣味じゃない。 「ありがとう……! だいぶ楽になったよ」  安西は立ち上がって、緑茶を入れてくれた。 「ごめん、先に入れるべきだった」 「いいよ、マッサージしに来たんだし」  俺が、何気に部屋を見てることに気づいた安西は、 「1か月前に別れてね。まだ彼女のものが残ってるけど、そのうち取りに来るだろう」 「なんで別れたのかって聞いても良いのかな?」 「ああ、いいよ。単に結婚するかしないかで、もめたんだよ」  結婚! そうだな、そろそろ考えても良い年か。 「俺より3つ上だから今年33でね。『子供欲しいし』って結婚を迫られたんだけど、ふんぎりつかなくて」  逆プロポーズ!  「2年ほど付き合って、同棲は1年だったかな。結婚生活の予行練習のつもりだったけど、そういう中途半端なことってやったらだめだね。こいつとこのまま一生一緒いるって感覚が、どうしても出てこなくてね。そう言ったら、出て行ったよ」  何と答えればいいかわからなかった。 「同棲からゴールインするカップルもたくさんいるけど、俺はだめだったな。結婚しちゃえばよかった」 「でも結婚後、同じこと思ったらどうするんだよ?」 「妻と同棲相手は違うよ。一生一緒にいるって決めて結婚したはずだしな。もしいまいちって思っても妻なんだから、それはそれで受け止めないと。向こうも同じこと思ってても受け止めてくれてるんだから」 「なるほど。考えたことなかったな」 「それに、俺……」  安西の表情が変わった。続きを言うのを待っていたが、 「ごめん、何でもない」  安西が下を向いた。まあ俺とはまだ親しくないし、言いたくないなら言わなくても良いけど。 「でもまあ、そのおかげで同期と楽しくつるんでるから、良いんだけどね」  お茶を片手に少し無理して作った笑顔の安西だったが、ほんとは何が言いたかったんだろ?  「でも、前から俺以外はつるんでたんだろ?」 「女性陣はそうみたいだけど、広瀬も俺もお前が参加するようになってからだよ」 「そうなんだ? てっきり5人で遊んでると思ってた」 「俺は彼女いる間は、誘われても行かなかったし、広瀬も男1人じゃ肩身狭かっただろうしな。だからこうなって1番喜んでるのは広瀬かも」 「なんで?」 「あいつ、専門学校行くのに九州から出てきて、まあ友達いるだろうけど、1人暮らしも長いしな。よく夕飯誘われたけど、彼女が待ってるから5回に1回しか食わなかったし。今なら奴の気持ち、よくわかるね」  そういや、広瀬のこと、何も知らなかったな。 「仕事終わって、誰もいない家に帰るのってさみしいよ。それで適当にコンビニ弁当食ってってさ。彼女と別れてよく分かったよ」  ああ、俺は一人暮らししたことないからな……。 「未だに実家からって、同期で俺だけ?」 「そうだと思うよ。女性陣はあんまり知らないけど、よくつるんでるところを見るとそうなんだろうな」 「なんか一人暮らしのきっかけないまま、ここまで来たからな。ちょっと考えようと思ってるんだけど」 「考えるって? 結婚とか?」 「いや、相手いないし」 「同期女性陣のこと、どう思ってんだよ?」 「どうって、別に……」  女性として意識し始めたのは事実だが、でもだからと言って…… 「安西こそ、どうなんだよ? 同期から彼女見つけても良いんじゃない?」 「うーん、どうだろうな? 全員お前が良いみたいだし」 「そんなことないって。広瀬もそう言うけどさ、入社して6年だよ? もし俺がほんとにモテてるなら、なんで今頃なんだよ? からかわれてるだけだよ」 「まあ、物事にはタイミングがあるからな。6年間彼女たちがお前のファンで、今頃動き始めたというよりかは、お前が同期に対してオープンになるのに6年かかったんだよ」  確かにあまり同期に興味はなかったが、それは人に興味がなかったからだ。会社外でも友達いないしな。 「だって、俺ですら透のことで共通の話題があるのに、話しかけにくかったからな。女性陣はなおさらだったと思うよ」 「そんなに話しかけづらかった?」 「まず人のこと見ないしな。目でも合えば話しかけれたと思うけど、挨拶しない、顔も見ないじゃな」 「……ご、ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど」  それ、良く兄貴にも言われてたんだよな。学校で兄貴に会っても無視してたしな。 「今こうして、休みの日でもこうやって俺のこと心配してきてくれてるんだし、一緒に遊べるようになって良かったよ」  きっかけは、青木の嘘のパラサイトシングルのアンケートだった。そこでつい、グリーンカードに応募したことを言ってしまって、こうなった。でもそのことは青木との秘密だから言わなかった。 「お前が会社のそばに住んでるのも、原因の1つだったと思うよ。帰りに飲みに行く話も、会社から10分で家に着くんだったら、お誘いする前にお前は帰宅してるしな」 「まあな……。たまたま採用されたのが、今の会社しかなかったからなんだけどな」 「今日はせっかくだから、晩飯付き合えよ。お礼にごちそうするよ。近所にうまいラーメン屋があるから、そこにしよう」 「ああ、そうだな」  安西のマンションから駅とは反対方向だったが、古い感じのラーメン屋があった。どうやら安西はここの常連らしい。 「こだわり頑固おやじのお店でね。スープが終わったら閉店なんだけど、今日はまだ大丈夫らしい」  味噌ラーメン、確かにうまい。毎日家と会社の往復だったから、外食ってこんなにうまいというのは俺にとって大発見だった。 「ところで、水泳やってた割に逆三角形じゃないし、スタイル良いんだな。筋肉も良い感じについてるよな」 「ああ、高校の2年間だけだったからな」  初めて男から『良い体格』と言われたが、悪いけどうれしくないな。 「安西は何かスポーツをしてたのか?」 「中高は野球部だったよ。甲子園には予選一回戦敗退ばかりの弱小だったけどね」  だから筋肉のことを言ったのか。筋肉の付き具合まで言われたのって、高校の部活以来だな。  安西が駅まで送ってくれた。普通に歩いてるから腰はもう大丈夫なようだ。 「今日はありがとう。助かったよ」 「こっちこそ背負ってくれてありがとう。ラーメンご馳走様。また明日な」  山本の言う通り、整備を選んで正解だったようだ。 *****  月曜日。早めに出社した。始業ベルが鳴る前にフィットネスの法人チケットが欲しかったからだ。 「小川君、土曜日はお疲れ様でした。なんでラインの返事、なかったの?」  総務でいきなり前川に責められた。 「返事しなくて良いと思ったんだけど?」 「してください」  ああ、だからライン交換したくなかったんだよな。 「ところで、フィットネスのチケット貰いに来たんだけど」 「何枚?」 「そうだな、10枚」 「1人月4枚までなの」 「え? 枚数制限があるのかよ?」  良い会社と思ったけど、そんなせこいルールにしてるのか! 「当たり前じゃない。でも土曜の小川君の分はエリカがもらったから、4枚あげれるけど」 「エリカ?」  誰だ、その女? 「山本エリカよ」 「あ、エリカって言うんだ」 「私の苗字も知らなかったものね」  すごいとげのある話し方……。やばい、早くもらって部に戻ろう。 「じゃあ4枚」  受け取ろうとすると、前川がチケットを持った手を引っ込めた。 「ほんとに女性に興味ないの?」 「そんなこと一言も言ってないだろ、知らなかっただけだよ。広瀬も安西もフルネーム知らないよ」 「私は前川めぐみ、青木智子、安西勝彦、広瀬正明」  さすが総務だ。 「ああ、青木のは知ってたな」 「なんで? 智子がお気に入りなの?」  前川の声がさらに怖くなった! 「お気に入りって……。さあ、なんで知ってるのかそれすら覚えてないよ」  始業ベルが鳴った。 「はい、チケット4枚!」  やっと前川がチケットをくれた。 「ありがとう、前川めぐみさん」  ああ、やっぱり女性は難しい……。  整備部へ戻る途中で青木に会った。 「なんでラインの返事、くれなかったの?」  厄日だ……。 「返事しなくて良いと思ったからだよ。青木智子さん」  いきなりフルネームで言われて、返答に戸惑う青木を通り過ぎて、急いで部署に戻った。山本に会わずにダッシュで帰宅しなくては。 *****  会社を出ると案の定、山本がいた。 「お疲れ様、山本エリカさん」  そう言って俺は早足で去ろうとした。 「フルネーム、めぐみから聞いたんでしょ?」 「そうだよ、もうちゃんと覚えたから。じゃあ、また明日」  こういう時、家が近いと助かる。早足だと8分、走れば5分で帰宅できる。 ***** 「小川君は?」  あとから社員通用口から出てきた智子は、エリカ1人、むくれ顔で立っているのを見て、幸雄が同じ手口で逃げたと察していた。 「いきなりフルネームで呼ばれて、びっくりしている間に逃げられたわ」 「私も今日そうだったのよね……」 「ラインの返事がなかったこと、問い詰めたかったのに」 「誰にも返事しなかったみたいよ」 「女性の扱い方をちゃんと教えないとね」 「ねえ、エリカ、なんか食べて帰らない?」 「そうね、お腹すいたわよね」  2人はお気に入りのビストロカフェへ向かった。 *****  もう木曜日。今週土曜はスカッシュと水泳なんだろうか? 俺から確認しづらいけど、気になっている。同期で集まることを楽しみにしている俺がいた。 「明後日、スカッシュだからな」  ロッカーで広瀬に言われてホッとした。 「了解」 「テニスかスカッシュ、やったことあるのかよ?」 「テニスは授業だけ、スカッシュはない」 「明後日は、俺が良いところ見せれそうだな」  広瀬って意外にかわいい奴かもしれない。 「安西は来れるのか? 腰よくなったのかな?」  同期女性陣から逃げることばかり考えていて、営業部へ足を運んでいなかった。前川と青木に責められてから、ラインが来たら一応返事をすることにしてるが、面倒だしなんて返事すればわからない。ラインってだいたい用があるときにするもんじゃないのか? 「プールは参加するってよ」  ああ、良かった。土曜日が楽しみだ。
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