最終話:メリークリスマス

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最終話:メリークリスマス

   宴もたけなわである。ロクが頑張って作り上げたクリスマスパーティは、どうやら大成功裏に終わりそうである。  霊殿入口付近のステージはそのままに、左右のテーブルのちょうど真ん中に一本の道、ランウェイが設置されていた。最後はファッションショーらしい。  そのランウェイを、髪をポニーテールに結った美女ロクが歩いていく。着ている服は、僕がクリスマスプレゼントとしてあつらえた羽織袴(はおりはかま)だ。色は濃紺。袴は女性らしく、かつ現代風のスカートっぽく、太もも辺りをスリムにし、裾は外に広がるようにデザインした。襦袢(じゅばん)は黒で衣紋(えもん)を抜き、うなじが美しく見えるようにする。折羽綾華(おりはあやか)が「これでイメージ通りの着こなしになるから大丈夫よ」と言っていたが、まったく僕の想像通りで、素晴らしく強く、美しく映えた。  ロクは端まで行くと、そこでポージングをして静止する。ひと呼吸の間を置いて、くるりとジャンプをしながら一回転すると、羽織が肩衣(かたぎぬ)に変わる。江戸時代の武士の礼服である。袴はそのままなので、ツーパンツスーツならぬツーウェア袴である。この肩衣も少しだけデザインを変えていて、肩の部分は水平ではなく斜め上に上げている。元々は腕を上げて刀を振るったり、銃を撃ったりすることが多いので、邪魔にならないための配慮だったのだけれど、意外にも水平のそれよりも強そうに見えた。  折羽綾華(おりはあやか)が僕のデザインを高く評価していた理由は、いまだもってわからないのだけれど、こういう改変や組み合わせは和服業界としてはご法度というか、タブーというか、まあそういうことらしい。そもそも女性に、男性用の羽織袴を着せようとすること自体がありえないのだそうだ。  彼女としては奇抜で斬新な和服を創ろうと、その奇抜と斬新を自分のポリシーに掲げていたのだが、僕のパースを見たときに衝撃を受け、「こんな組み合わせはタブーよ」と言いかけた自分が居て、いつの間にか業界の慣例に流されてしまっていることに気付けたのだそうだ。その話を僕に向かって感謝を表すように言っていたのだけれど、僕としては複雑な心境で、まるで『あなたがタブーの世界に引き戻したのよ』と、言われている気がしたのである。  ファッションショーはというと、その後ロクとシャルの模擬戦闘までやっていた。  それにしたってだ!! 「なんでファッションショーなんだよ! まったく……」 「タカさん…………、まだふてくされてるんですか?」  隣にいる言仁は、すこぶる楽しそうにニヤついている。 「うるさい! お前にこのやりきれない思いがわかって堪るかっ!」 「ククククク……。あー、ダメだ。また、お腹痛い。ハハハハハ……」  僕はファッションショーなんて、企画していなかった。  だってそうだろう?  このクリスマスプレゼントはずっと、  。  つまり僕はすっかり。      ※     ※     ※  霊狸(れいり)を牢獄に送り、やれやれと収容所を後に霊殿前広場に戻ると、僕は拍手喝采で迎えられた。なにごとかと状況の理解に苦しんでいると、パーティの出席者全員が事件の一部始終を見ていたというのだ。しかも、目の前には(あめの)羽槌雄神(はづちのおのかみ)ことハヅっちゃんがいて、更には牢獄に送り込んだハズの霊狸(れいり)も霊殿から出てきて、僕に向かって拍手をしていた。  茫然自失のまま立ち尽くしていると、シャルがテクテクと近づいてきて、目の前に看板を掲げた。そこにはもちろん期待通りの言葉「どっきり大成功!」が書かれていた。会場は大盛り上がりだった。  僕はお笑い芸人でも何でもないので、本当はもうすごすごと自分の部屋に引き下がってふて寝でもしたいところではあったが、ロクが嬉しそうにしていたので、水を差すわけにもいかず、しょうがなしにその場は応じてやった。ステージに乗り、マイクを取る。 「なんだなんだ! 一部始終見ていたとはいっても、僕が一人で行動しているところはどうしていたんだよ」 「史章さん、その耳につけているものは何ですか?」 「あっ!」  スクリーンには、僕の顔の動きに合わせて、翻訳機からの映像が映し出されていた。しかも、ちゃんと僕の声や周囲(いち)メートルほどの音も拾っていた……。 「なんで折羽綾華がキャスティングされたんだよ!」 「ウフフフ、だって、史章しか知らないハズの相手で、かつ人間にしておかないと、あの小さな異変には気づけないでしょう? まぁ、気付いてもらえなかったときは、直接『助けて!』のサインを出すことになっていましたけどね」 「ちっ……、失敗したときの予備プランまであったのかよ……」 「はーい、アルタゴスさーん、弁明の時間ですよぉー」  アルタゴスが登場してくる。 「タカさん、すみませんでした。途中までうまく行ってたんですが、記憶操作がキャスミーロークさまにバレてしまいまして……。それで、翻訳機も仕方なく……」 「と、いうことですぅ。だって、あんなに記憶の欠落があったら、どうしたって気付くってもんですよ」 「じゃあ、今日のために僕が用意していた……」 「はい、ごめんなさい。クリスマスプレゼント、存じ上げております♪」 「最後にもう一つ聞きたいんだけれど、折羽綾華は知らずにキャスティングされたのか? それとも本人も了承済みなのか?」 「もちろん望んでご参加いただいてますよ。わたしが直接お話に行ったのですが、なにやらあったらしく、『継宮くんを(おとし)めるなら喜んで!』とおっしゃってました。なにがあったのですか? 気になりますねぇ」 「…………はいはい。僕が悪かったです。彼女の言葉に対して、心無い返答を何度かしてしまいました。すみませんでした」  会場は、僕の一言一句に大爆笑が起こっていた。ステージのバックヤードからは折羽綾華が顔を見せていて、僕と目が合うと『あっかんべー』をしていた。      ※     ※     ※ 「とても楽しかったわ。ありがとう」 「どーいたしまして」 「あら、まだふてくされているの? フフフ」 「うるさい! どのみちお前は現世に戻ったら今日のことは忘れてるんだ」 「そう! そこだけがとても残念だわ。どうにかならないの?」 「どうにもならないし、僕は忘れて欲しい側だ!」 「ふぅん。でも、わたしのことをなんとか助けたいって言ってくれたのは嬉しかったわよ」 「よくいう、お前の名演技ぶりに僕はすっかり女性不信だ」 「あー、そういえば、あのサルメちゃんの呪いのヤツ、あれは演技じゃないわよ。本当に倒れそうだったもの」 「まあそうだろうな。アレは本気でやらないと、僕にバレてしまうからな。でも、ここはそういう所だ。だから、二度と足を踏み入れるんじゃないぞ」 「はぁい。あなたはまだここに居るの?」 「ああ、もうしばらくは。まだロクの依代としての役割も残ってるからな」 「ねぇ、継宮くん」 「なんだよ」 「ロクちゃんに飽きたら、わたしが付き合ってあげてもいいわよ」 「言っとくが、ロクはサルちゃんより強いからな。滅多なことを言うと、本当に呪い殺されるぞ」 「ええー! あんなにかわいいのに。ひゃーこわ。くわばらくわばら。じゃあ行くわ」 「ああ、元気でな。また、いつか会おう」 「ええ、そうね。継宮くんも元気でね」  そう言うと、サルメに連れられて、  折羽綾華は現世へと戻っていった。  霊殿前広場では、  ロクとシャル、ナムチとアルタゴスが、  打ち上げと称して  ムッカの料理を満喫しながら談笑していた。  まあいろいろあったけれど、  僕もお腹がすいた。  あの輪の中に行くとしよう!  メリークリスマス!
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