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一話:知人の仕立て屋
今日は十一月十日である。僕は現世でやることがあり戻ってきていた。
以前ロクとショッピングモールに行ったときに、美女ロクにプレゼントしたコーデ一式、確かに何度かその姿でいることはあったのだけれど、喜んでもらったというには遠く及ばなかったヤツだ。あの時の不本意はずっと僕の中にあって、今回は汚名返上といきたいのである。
自宅まではロクに空間移動で送ってもらったのだが、ロクがそのまま一緒に居たいというのを、どうにかこうにか言いくるめて霊界に押し戻し、僕は一人で電車に揺られて京都の知り合いを訪ねていた。久しぶりに乗る電車は、不便そのものだった。いつの間にやら空中移動や空間移動にすっかり慣れてしまっていたらしい。人間も早く進化を遂げて、もしくは技術の更なる発展と向上で、ぜひ四次元を利用できるようになってもらいたいものである。そう思いつつも、すっかり霊界の生活に慣れてしまっている自分自身にもやや閉口していた。やれやれである。
知人に会うと「久しぶり!」とあいさつもそこそこに、すぐに本題に入る。サイズや生地やデザインや、あらゆるものを打ち合わせした。そう、彼女、折羽綾華は仕立て屋である。しかも僕なんかと違って、随分と活躍していて、その業界ではちょっとした有名人のようになっていた。新しいものと古いものをどんどん組み合わせ、『歴史に新しい風を吹き込むクリエイター』などと評されていた。知人でもなければ、僕なんかが彼女に依頼することは永久にないだろうと思えるほどの活躍ぶりである。
それでも彼女は僕のような一般人の依頼に対しても真剣に取り組んでくれ、いろんな、いいアドバイスをくれた。そのアドバイスはとても的確であり、こちらの想いを汲み取ってくれるものでもあった。なるほど人気が出る訳である。全ての打ち合わせが終わるころにはもうすっかり日が暮れていた。五時間以上打ち合わせていたことになる。が、僕としては大満足で、それが出来上がるのが楽しみで仕方がないほどだった。
「じゃあ、これでよろしく頼むよ」
「ええ、任せて頂戴。それにしたってちょっと驚きね」
「まあな、僕なんかはこういう服装から一番遠い人種だからな」
「そういう意味じゃないわよ。あなたの生活を詮索するつもりはないけれど、個人依頼でこんなにたくさん注文する人はいないものよ。それに、これだけの着る人がいるってことでしょう? どういうことなのか想像もつかないわよ」
「あー、そっちか。それを説明するには、いろいろややこしいことが多すぎるな」
僕は苦笑いするしかなかった。
「まあ、どちらにしても、わたしにはとてもいい経験になりそうよ。こんな面白そうな依頼を持ち込んでくれて感謝するわ。わたしの今の全力でこの仕事をするから、楽しみにしていてね」
「楽しんでやってもらえるなら僕としても嬉しい限りだよ。僕も楽しみにしているよ。よろしく頼む」
さて、準備は整ったのだけれど、問題はこのことをどうやって隠し続けるかである。なんせ霊界は筒抜けなのである。ロクやシャルは僕の中に入っていれば、僕の思考が読み取れる。サルメに至っては、少々離れていても僕の思考が読み取れる。どう考えてもこのことを隠し通すことは不可能にしか思えない。『考えないように努力する』などというバカげた作戦は、間違いなく失敗に終わるだろう。しょうがない、ナムチかアルタゴス辺りにでも相談して、対策を練るとしよう!
※ ※ ※
十二月の中旬。今日は大きな仕事があり、僕はロクと一緒に北海道に来ていた。行方不明者が数名出ているらしく、近くの神社から霊界に依頼が来ていたのだ。本来なら暗部の仕事なのだけれど、少々やっかいな下級霊かもしれないということで、僕らが担当することになった。
現場付近に行くと強大な霊圧エネルギーが垂れ流されていて、あっという間の発見となった。下級霊は、熊だった。事前にシャルガナから『北海道は霊熊が多いですから、今回もその可能性が高いです』とは聞いていたのだが、まさにその通りだった。
すぐに退治に入ったのだけれど、さすがに熊だけあって、なかなかに削るのには苦戦を強いられた。とはいえ、今や僕とロクの連携攻撃は霊界でも最強となっていて、無事に霊熊を討伐、昇華させたのである。
「せっかくだから、ジンギスカンでも食って帰ろうか」
ロクは大はしゃぎで、僕らは今しがたそのジンギスカンを食べ終わったところだった。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま。さすがにケモノ臭かったな」
「そうですね。でも、野生の動物のお肉って感じで、わたしは嫌いじゃないですよ」
「ハハハ。なんだかもうすっかり人間の舌になってるな」
「フフフ。これも毎日の史章とのキスのおかげですね」
「なぜそうなる!」
「フフフ。ちゃんと史章の細胞の働きを勉強しているんですよ。ところで、街中至る所にあるこのエックスマスってのは何ですか?」
「ああ、それはクリスマスって読むんだ。キリストの降誕祭なのだけれど、まあここ日本ではキリスト教が中心という訳でもないし、その日が祝日という訳でもないから、単純にパーティをしたり、ケーキを食べたり、プレゼントを渡したりして楽しむってのが普通かな」
「へぇ、パーティ楽しそうですね。霊殿でもしましょうよ!」
「えっ!? お前たちがキリストの降誕を祝うのはおかしくないか?」
「そこはどうでもいいんですよ」
どうやらパーティがしたいだけらしい。やれやれである。
「いろいろ準備が大変なんだぞ」
「大丈夫です! そういうのは頑張れる子です!」
「いや、お前だけが頑張ってできるものでもないぞ。他のみんなと協力してやるというのならまだしも……」
「えー、でもみんなには内緒で準備してビックリさせましょうよ」
「うん、まあ、じゃあ、こじんまりとでもそれらしくやってみるか」
「いいえ、できるだけ壮大にしましょう!」
「………………」
「で、クロスマスは、何の準備をすればいいの?」
クリスマスだ! と言おうと思ったその時、僕の端末からアラームが鳴った。アラームをセットした覚えなんかないぞ? そう思って端末を取り出し、アラームを止めると、なにやらファイルが出てきた。どうやらアラームの犯人はコイツらしい。恐らく、これを今この時に見る必要があってセットしていたのだろう。ファイルを開く。
―― ドクンっ! ――
鼓動が激しく大きく、一度だけ打つ!
同時に眩暈が襲う
続けて激しい頭痛が襲う
意識が遠のきかけたとき、
ロクの声が遠くから聞こえた
「……あき、……うぶ? 史章?」
「……ああ、ロク、……大丈夫だ」
ロクが心配そうにのぞき込んでくる。
「大丈夫だ。ちょっと眩暈がしただけだ」
「わたし、そんな無理なお願いをしてしまったとは思わなくて……、その、……ごめんなさい」
笑いそうになったのだけれど、グッと堪える。どうやらロクは自分の言ったことで僕が眩暈を起こしたと勘違いしているらしい。ちょうどいい、すまないが今日だけは利用させてもらうよ。
「いや、わかった。なんとかしよう。その代わり、シャルにだけは明かして協力してもらうぞ。シャルが何かの機会で僕の中に入ってきたら、あっという間にバレてしまうことだからな」
「うーん。本当はシャルも驚かせたいのだけれど、しょうがないわね。でも、それなら史章は、サルメにも十分気を付けてくださいね。なるべく会わなくていいように、わたしも動きますから」
「ああ、そこは頼んだぞ。で、お前は今から僕を京都まで送って、その足でモミの木を手に入れてきてくれ。霊殿広場の中央に植えるから、高さはそうだなぁ、五~七メートルくらいがいいかな」
僕は端末でモミの木の写真を見せて、サイズ感などもロクに確認してもらう。
「わかりましたけど、これってどこにあるんです?」
「僕もこんなに大きいのは知らないぞ。小さいのなら、そこかしこで売ってるんだろうけれどな。山の神様にでも聞いてみろよ」
「ああ、そうですね! そうします。じゃあ、行きましょう!」
※ ※ ※
「驚いた……。想像以上の素晴らしい出来だよ」
「当然よ。この一ヶ月、あなたの依頼にだけ、心血を注いだのですもの」
「ここまでとは思ってなかったよ。普通はさあ、なんというか、出来上がりってのは初めに描いた想像よりも現実的で、残念なことの方が多いんだよ。そうして、初めに思い描いていたものは、幻想だったんだなと気付くんだ」
「そうね。だからわたしは、いつもそこのところで戦っているのよ」
「そうか、だからこんな素晴らしいものが出来るんだな。じゃあ、これはお前の魂の結晶だな」
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない。マネキンに着せてみる?」
「ああ、僕も詳しくないから、いろいろ説明して欲しいんだ」
僕は京都まで空間移動で送ってもらい、ロクがそのままモミの木を探しに移動したのを確認して、折羽綾華の店に来ていた。さっきの端末のアラームで、今日頼んでいた品が出来上がり、それを受け取りに行く約束になっていたことを思い出せたのである。ナムチとアルタゴスの共作による、一時記憶喪失とその記憶蘇生。少し頭痛と眩暈はしたけれど、本当に素晴らしい出来である。
そして折羽綾華に頼んでいたモノも、もちろん出来上がっていて、それはもう素晴らしい仕上がりというか、完成度に感動していたところである。
彼女は一着をマネキンに着せながら、まず着方について説明してくれた。いくつか斬新な取り組みもあったので、そこの継ぎ目などは工夫を凝らした箇所になり、説明も丁寧にしてくれた。マネキンで着衣時の可動域や強度について、さらには手入れや保存についてまで、細かく説明してくれた。
最後に、僕自身の分も依頼していたので試着をしてみた。一人でできるかチャレンジしてみたのだけれど、途中で何度も横やりが入る始末だった。
「あなた、思った以上に不器用ね」
「うるさい! これは器用、不器用の問題じゃないだろう。知っているか、知らないかの問題でしかないぞ」
「フフフ。継宮くんって、意外に面白いのね。ちょっと付き合ってみない?」
「お断りだ! 面白いと言われて、尻尾を振るほど落ちぶれてはいないぞ」
「あら、思った以上にウブだったのね」
「誠実というんだ!」
まったくコイツがこんなヤツだとは知らなかった。まるでサルメを相手しているようだ。いや、アイツはちゃんと冗談になっているから、コイツはサルメより質が悪いかもしれない。
そんなこんなのやり取りの末、やっておきたい確認はすべて終え、片付けをする。数としても量としても多い上に、持ち帰ることはできない大きさのため、送る手配をするのだけれど、少し手を加える必要があるのだ。大きな段ボールで三箱分。その段ボールに入れる前に風呂敷で中身を丸ごと包み、その結び目のところに行先を記した札と時限を組み込んだ札を張っておく。これで段ボールを閉じれば完了。中身は配達中に霊殿の技術部倉庫へ届き、空の段ボール箱が僕の家に到着するという手筈である。
「じゃあ、最後の支払いだな」
「ええ、本当にいいの?」
「ああ、問題ないよ。むしろお前の方こそ、買い被り過ぎというか、損をするんじゃないか?」
「そんなことはないわよ。次のコレクションに出品できる上に、もう売れた実績があるんですもの。こんなに有難いことはないわ。それに、カタログやイメージパンフにも使えるのよ」
「まあ、僕にはわからない世界だからな。お前がそういうのであれば、それでいいし、僕としてはお前のプラスになってくれるのであれば、それだけで十分に嬉しいことだよ」
僕はそういうと、契約書にサインをした。デザイン権利をすべて彼女に譲渡する契約だ。
今回の仕立てはすべて僕がデザインしたのである。僕としては何か新しいデザインをしてやろうとか、世界を驚かせるようなものを生み出してやろうとか、そういうことを考えたわけではない。ただ単に、ロクに似合うような、戦っている最中にこういう恰好なら映えるだろうな、という想いを込めただけなのだ。
そのイメージパースを確認してもらうため彼女に送ったときに、僕がびっくりするほど喰いついてきたのである。彼女も、ちょうど有名なファッションショーへ出品することが決まったばかりで、そのデザインに頭を痛めていたらしい。僕のパースを見たときに、それが斬新で面白いと思うだけでなく、新しいデザインが湧き上がってくるきっかけになったというのだ。
そういう訳で、今回の仕立て代金の半分はお金で、残りの半分は権利の譲渡で、ということになったのだ。僕としては、半額で仕立ててくれるだけで大いに有難いものだった。
「本当に器の大きい人ね。普通は八割寄こせ、良心的な人でも半分寄こせと言うものよ」
「まあ、これは副産物でしかないんだ。僕にその才能があるわけじゃないよ」
「ねぇ、本当に付き合ってみない?」
「こういうのは僕の少ない経験からいっても、失敗するパターンだぞ。付き合った後で懐の大きさを知ったならまだいいけれど、付き合う前に感じたものなんか所詮、自分勝手に膨らませた、それこそ幻想でしかないものなんだ」
「あら、知った風なことを言うじゃない。まあ、いいわ。わたしも今は男が欲しいわけじゃないから、あなたが落ち込んで困っているときにでも苛めてあげることにするわ」
まったく現世のサルメそのものだ。コイツが死んで霊界に来た時にはどうなるのか見てみたいものである。そんなことを考えていると、シロネコミコトの宅急便が集荷に訪れた。上積厳禁のシールを張り、すべてを持って行ってくれた。これで首尾よく完了である。
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