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三話:クリスマスパーティ
今日は、十二月二十四日。クリスマスイヴである。
あれからというもの、この日のため準備にはずいぶんと苦労したのだけれど、どうにかこうにかパーティを開催できるところまでこぎつけることができた。まあなんにせよ、ロクはものすごく頑張って、これまでそんな姿を見ることはなかったのだが、とにかく奔走していて、僕も少し見直したぐらいだった。
夕方の四時四十五分になり、霊殿全体をすっぽりと覆う、防御網よりも薄い膜が張られる。単純に光の透過度を落とすもので、夕方を演出するのだ。透過度は時間を追うごとにどんどん落ちていき、最終的には夜を演出する仕組みになっている。
ロクに呼びつけられた霊たちが、ぞろぞろとおよそ三十体ほど、霊殿前広場に出てきた。その中には、もちろんねこ父とねこ母の姿もあった。広場の真ん中には、モミの木が植えられていて、その周りをぐるりと囲うようにテーブルが円形に並べられていた。皆が席に着くと、ロクはサンタクロースに扮して、モミの木の下で四つの分身思念体になり、誰からも見えるように東西南北、もちろん方角の概念などないのだけれど、まあつまりは四方向に向けてマイクを片手に立つ。みんなが、これからいったい何が始まるのかと怪訝な表情をしていた。
「みんな集まってくれてありがとう! 今日は、いつもこの霊殿で頑張ってくれているみなさんに日頃の感謝を込めて、パーティを企画しました。下界では十二月二十四日から二十五日にかけてクリスマスパーティを開くそうです。せっかくなので、そのパーティを霊界でも楽しみたいと思い準備してみました。ぜひ、みなさん心ゆくまで楽しんでくださいね。
では、パーティの始まりの掛け声があります。わたしが『メリークリスマス!』というので、みなさん後に続いて『メリークリスマス!』と言ってくださいね。そしてそれと同時に、手元にあるクラッカーのひもを引っ張ってください。『パンっ!』と大きな音がしますけど、襲撃じゃないですから、安心してくださいね。どういう風にやるか一度鳴らしてみますよ」
そういうと、ロクはクラッカーのひもを引っ張る。『パンっ!』と音が鳴り、何体かの霊がビクッとする。まあ、その反応は正しいと思うぞ。
「と、こんな感じです。じゃあ、今度はみんなでやりますからね」
ロクは一息入れる。みんなまだ唖然としているのだが、大丈夫だろうか。まあ、失敗したところで誰が怒るという訳でもないし、それはそれで笑い話になっていいか。僕はそこそこうまくいけばいいと願っておくよ。
「メリークリスマース!」
「「「メリークリスマース!」」」
―― パンっ! パンっ! パンっ! ――
クラッカーが鳴ると同時に、それまでなんの装飾もされていなかったモミの木に、それは丁寧に飾られた数多のオーナメントが現れ、キラキラと明かりが灯った。光の透過度を落としていく天幕の内側にも電飾が灯り、それはまるで散りばめられた星のようで、見事なほど幻想的な風景を作り出した。
―― うぉー ひゅぅー わぁー ――
―― パチパチパチパチパチパチ ――
あちこちで、一気に、大歓声が沸き、拍手が鳴った。
大成功だった。
「みんなありがとーう! ありがとう!」
「今から、ムッカさまの料理が出てきまーす! みんなおしゃべりしながら楽しんでくださいねー」
ロクがそういって、指をパチンと鳴らすと、テーブルの上に一気に料理が現れる。各々の目の前には、すでに小分けにされたオードブルやスープが用意され、おかわり用は大皿が真ん中あたりにドンと置いてある。ビュッフェなのに、ほとんど移動しなくていいようにうまく考えられていた。
それにである。ねこ父とねこ母には、ちゃんとねこ用のオードブルが用意されているらしかった。ねこ母はいつものよろしく、凛とした立ち振る舞いでの食事をしていたのだが、ねこ父の方はやはりというか、相変わらずのスピード完食をしていた。
ここでムッカが霊殿入口から出てくるような形で登場。シェフハットを取り、一礼。さすがにムッカは分身できないので、その姿は宙に現れた透明のスクリーンに映し出される。
「シェフのイワンムッカです。本日は久方ぶりに霊界での給仕をさせていただきました。シェフ冥利に尽きます。お誘いくださったキャスお嬢様に感謝申し上げます。ありがとうございます。
みなさまの楽しいひとときに寄り添えますよう、わたくしのすべての知識と技術と心を込めて腕を振るいますので、ぜひ心ゆくまでご堪能下さればと存じます」
ムッカがそう言い終えると、またも大きな歓声と拍手に包まれる。ムッカもこんなに歓迎されるとは思っていなかったのか、またシェフハットを取って何度か頭を下げたのち、調理場へと戻っていった。
さて、食事をしている霊たちの反応はというと、オードブルの段階ですでに、すこぶる好評だった。
これにはひとつ裏があった。実はロクはこの日のために、霊殿で働く霊たちに味覚研修を行ってきたのだ。そして、この研修にはロクもかなり頭を痛めていて、僕も相談に乗ったのだ。
そもそも味覚というひとつの感覚を理解させて良いものかどうかということ。僕としても判断しかねるところではあったのだけれど、『ないものを与えるのであればダメだろうが、元々持っているものに気付かせることは悪いことではないだろう』と一緒に結論に至った。
次に問題になったのは、味覚のどこまでを教えるか? ということ。これについては基本的な言葉を教えるところまでに留めた。砂糖を舐めてもらって、これは甘い。塩を舐めてもらって、これはしょっぱい。という具合だ。細かい味を教えてもよかったのだが、せっかくだから、そういうのは自分で発見して楽しんでもらおう、ということになったのだ。
まあ結果的にこれが功を奏して、霊たちの会話にも一役買った。ムッカの料理を食べて、それぞれが感想などを言い合いながら食事を楽しんでいたのである。
そうそう、僕は本来、霊体たちの会話などわからないのであるが、この日のためにアルタゴスが補聴器のような翻訳機を作ってくれたのだ。だからみんながどういう会話をしているのかだけは聞くことができるようになったのである。とてもありがたいのではあるが、残念ながら会議などでは使えそうになくて、僕がしゃべることは相手に翻訳されることはないのである。もうしばらくは端末を介しての会議になりそうである。
パーティの進行具合はというと、間もなく下界の神々が来賓として登場するところに差し掛かる。ここで会場のレイアウト変更が入る。それまで平坦だった霊殿前広場は、霊殿入口を前に、奥に向かって緩やかに傾斜がつく。霊殿入口付近にはステージが作られ、ちょうど音楽ホールのような形になる。それまで主役だったモミの木もステージの右側に移動され、ロクとシャルは、テーブルや椅子を霊体ごと浮遊させて配置をし直した。ステージに向かって右側のテーブルには霊殿の霊体たちが、左側にはねこ父とねこ母だけが座るテーブルが用意された。もちろんこの左側のテーブルに、これから招待された下界の神々が座っていくのである。
会場レイアウトの変更が終わると、神々の入場が始まった。アナウンスと共に、ステージに上がり、一言しゃべって席に着くという流れである。初めは霊殿だけでのパーティのつもりであったし、招待するにしても今回のパーティに協力してくれて神様だけのつもりだったのだけれど、招待された神々が仲の良いお友達を連れてきてもよいということになり、結局二十柱ほどの神々の参加となったのである。
とはいえ僕にしてみれば、知らない神様の方が圧倒的に多かったので、その招待リストの管理などはロクとシャルに任せっきりであった。
それぞれがステージでひと言、そのほとんどが霊殿に対しての感謝ばかりであったが、それらを述べた後はねこ父とねこ母のところへ行って挨拶をかわし、自分の席に着席していく。途中で、ヤマミンとイチヒメちゃんの親子連れの姿、そして少しばかり懐かしい瀬織津姫の姿もあった。まあそれでも、僕が知っている柱はそれで終わり、あとは知らない柱ばかりなので、ぼんやりとその光景を眺めていた。
そんな中、ひときわ目を惹く身なりをした神様がいた。神様入場から司会をシャルにバトンタッチし、ようやく休憩をしているロクに思念会話で聞いてみる。
「なあロク、あの服装がちょっと変わった神様は誰なんだ?」
「ん? ああ、ハヅっちゃんのことね」
「ハヅっちゃんって……、ちゃんとした名前を教えてくれ」
「えーっと……、天羽槌雄神だったかな。覚えにくいでしょ。ハヅっちゃんでいいのよ。お父様とお母様が御召物をオーダーしている方ですよ」
「あー、なるほど。服の神様ってことか!」
「そうそう。正しくは織物神、機織神らしいわよ。そういえば、お連れとして一人だけ人間が来ているらしいのだけれど、確かハヅっちゃんが連れてきていたような……」
「ふぅん。その人間も大変だろうな。というか、誰とも話せないんじゃないか?」
「それは大丈夫でしょう。霊殿にいる霊体たちは難しいでしょうが、神様は日本語堪能ですもの」
「あー、そう言われればそうだな。すっかり勘違いしていたよ」
「もちろん、神様を前にして話せなくなる人がほとんどですけどね」
「えっ? そうなのか?」
「ふつうはね。史章ぐらいですよ。あんなに好き勝手に話せる人間なんて」
「ふぅん? ふぅん……、ふぅん」
「なにぃ、それ!」
思念会話の向こう側で、ロクがケタケタと笑っているのが聞こえた。バカにされたのか、称賛されたのか、無神経と言われたのか、図太いと言われたのか、どれも含めて言われたのか、判然としない上に、自分でもそうかもしれないと自覚してしまったので、ふぅん、としか反応できなかったのだ。まあ、いいさ。
最後の神様は、天宇受賣命だった。この神様は僕でもさすがに知っているぞ。言わずと知れた芸能の神様である。僕にしてみればちょっとエロなダンサーという位置付けなのだけれど、多才であるとも言われているし、この場の盛り上げ役での招待なのだろう。天宇受賣がステージに立つと、大きな歓声が沸いた。もちろん、神々の席からである。しかも、やはりと言うべきか、ややピンクというか、ややイエローというか……。
が、そんなことはお構いなしに、天宇受賣は叉手をして深呼吸をすると、静かに歌い出した。
―― 讃美歌第百九番『きよしこの夜』 ――
圧倒的な歌唱力だった。
歌を聴いて、心に直接響いてくるのは久しぶりの感覚である。
野外フェスなんかで、ドラムの大音量振動が胸に響くそれとは、もちろん違う。
透き通った歌声の空気が、
心臓を貫き、
でも突き抜けるのではなく、
そのままそこに留まっている。
まさに、胸に沁み入る。
体全体が歌声に共鳴し、
心が打ち震え、
鳥肌が立つ
気付けば頬に、涙があった
歌い終わると、
シンと静まり返る。
ひと時の間を置いて、
誰からともなく、ひとつの拍手。
それは大きなうねりとなって、
会場全体のスタンディングオベーション!
いやはや、前言撤回である。エロなダンサーなんて思っていてホント、スミマセンでした。僕はもうすっかりファンになってしまい、頭の上で拍手を送った。
天宇受賣がステージから降りると、彼女が引き連れて来たであろう演奏家の面々が、楽し気なクリスマスの音楽を奏で始め、霊殿前広場は陽気に包まれた。
神々の紹介が終わり、最後に生霊の面々が紹介される。言仁たちである。もちろん、神々のいる方への配席だ。
この登場順位は少々狙わせてもらった。ムッカと初めて会った時だけでなく、その後に会ったヤマミンもイチヒメちゃんも、やはり僕の中にある天叢雲剣にはすぐ気づいたし、最後までそれを守り抜いた安徳帝には皆一様に一目置いている風であったからである。神々にとっての三種の神器は、僕や霊界の面々が考えている以上に、その行く末に注目していたようだと気付かされたのである。それであれば、安徳帝、言仁に会えるのは神々にとっても興味深いものかもしれないと思ったのだ。
「この度は武霊キャスミーロークさま、シャルガナさま、楽しいパーティにお招き下さり、ありがとうございます。そして神々の皆さま、お初にお目にかかります。第八十一代天皇、安徳にございまする。現在は、お恥ずかしながら生霊として、こちらの霊殿に住まわせてもらっております。こちらでは諱の言仁やトキちゃんと呼ばれておりますゆえ、どうぞ皆さまもそのようにお声がけくださればと存じます」
まったく言仁のヤツ、本当に六歳なのだろうか? いつもながらにコイツの天皇としての言葉には感心させられるばかりである。この後も続けてこの口調で、部下のネモーリ、リモーリ、そしてリツネを紹介していた。
言仁の礼儀正しく、それでいて堅苦しさを感じさせない挨拶は、その見た目、つまりは年齢とのギャップも相まってか、神々にも好感を得たようで、席に着いた途端にずいぶんと構われていた。
「よくぞ神器を守り抜いた!」
「言仁、おヌシこそ真の天皇ぞ」
「いやあトキちゃん、今度一緒に酌み交わそう! あれ、トキちゃんは未成年かい?」
してやったり! 大当たりじゃないか。僕としてはこの演出が成功しただけでもう大満足である。
その後クイズ大会やビンゴ大会が催され、第一部は終了、霊界の面々は二交代制の入れ替え、神々は歓談タイムとなる。前半組の食事は最後のケーキまでしっかりと給仕され、皆大満足の様子であった。
ナムチが錠剤を配って回っていたので、何か聞いてみると「ああ、これはアルコール分解をする薬です。三分ほどで素面に戻れますよ」と言っていた。なんと! そんな便利な薬があったのか。今度それを使って、一日中飲み倒してみたいというと「人間の場合、肝臓への負担は変わりありませんから、おススメしません」と、遠回しに叱られた。
ロクとシャルはというと、サンタクロースよろしく、仕事に戻る霊たちにプレゼントを渡していた。全員に共通のものと、それぞれのために用意したものと、一体につき最低二つのプレゼントを渡すという念の入りようだった。
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