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序 幕
一瞬のマタタキの合間に、ふっと軽いメマイを覚える。
カラダが宙に浮かぶような、それとも地面に沈みこんでいくような……
フワフワしておぼつかない、いつもの感覚。
直後に周囲を見わたせば、そこはもう見たこともない異世界……のはずなんだけど。
「あれ? なんか見覚えあるかも、ここ……」
千影は、ミルク色の綺麗な白皙にキョトンとした表情を浮かべた。
長いマツ毛を密にまとったアーモンド型の目に浮かぶトビ色の大きな瞳が、こぼれんばかりに見開く。
そこは、だだっ広い吹き抜けの大広間のド真ん中だった。
中世の西欧風の壮麗な舞踏ホール。
窓の外は、晴れとも曇りともつかない白けた空に、うっそうとした森林が広がっている。
その木漏れ日が窓ガラスを通して、とりとめのない光彩を屋内にふりそそぐ。
ポロンッ……と、ふいに、広げた五指をデタラメに鍵盤にたたきつけたような、ピアノの不協和音が反響した。
たちまち、ザワザワとした人いきれが場を満たす。
ハッとして、もう一度あたりを見わたせば、さっきまでは無人だったホールに、見目うるわしい舞踏会の客が大勢おもいおもいの場所に立って、パートナーと談笑している。
千影と同世代の10代なかばの少年ばかりのようだ。
みんなそろって黒い蝶タイにダークカラーの燕尾服を身につけ、小動物の耳を模した細長い飾りを2つ上にくっつけた漆黒のビロードの仮面で、目元を完全に覆っている。
燕尾の背中のスソの中心には、フサフサとしたまん丸い白いシッポが揺れている。
「ウサギの仮面舞踏会? ふうん。キライじゃないよ、こういう趣向」
千影は、可憐な鼻スジをくだんの小動物のようにピクリと動かしながらフフッと笑って、
「……けど、このカッコはさすがに場違いか? 着替えなきゃ」
と、アメコミのヒーローのイラストをプリントしたヨレヨレのTシャツと、穴だらけのジーンズをまとった自分の姿をみわたして、サラサラした黒髪をバツが悪そうにカキ乱した。
そのとき、背後から思いがけず声がした。
「ねえ、千影。圭斗君はもう、見つかったの?」
甘ったるく乾いた響きのある千影の声に比べて、清冽なくらいに涼しく、しっとりと良く通る声。
その声だけで即座に相手をさとった千影は、ギョッとなって後ろをふりかえった。
「陽向っ! なんでオマエまで、"こっち"に来ちゃったんだよ!?」
「圭斗くんのカラダを、あやしい瘴気がとりまいているから」
「それは、さっき聞いたけど……!」
「彼の夢の中にまで、瘴気が干渉しているんだ。それを祓うのは、キミじゃなくボクの領分だ」
陽向は、当然のごとく淡々と答えた。
浮き世ばなれした天然仕込みのマイペースっぷりにアテられて、いまさらながらに、千影はフーッとタメ息をついた。
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