第二幕

3/9
前へ
/32ページ
次へ
宇佐美(うさみ) 圭斗(けいと)への暴力行為は、被告の息がかかった組織の構成員によって実行されたものに違いないと当局が推理したのは当然で。 医師の迅速な手当てによって、深夜には意識を取り戻して目を覚ました圭斗(けいと)の病床に、犯人の正体を聞き出そうと刑事たちが押しかけた。 ところが、圭斗(けいと)は、事件の前後の記憶をすっかりなくしてしまっていた。 心身へのストレスが飽和状態(ほうわじょうたい)に達してしまったために、記憶の(うつわ)から、忌まわしい記憶がこぼれ出してしまったんだろうと医師は説明した。 ムリヤリ記憶を呼び戻させようとすることは、まだ未完成な成長途上の少年の精神に大きなダメージを与えかねないと、捜査陣に強くクギもさした。 とはいえ、裁判長である父親がくだんの暴力団組織の会長に極刑を宣告したことへの報復として、圭斗(けいと)が首をしめられ殺されかけたのだとすれば、犯人である暴力団組織の魔の手は、ふたたび彼や家族を狙うかもしれない。 そこで、ただちに捜査の指揮権は警視庁に移り、宇佐美裁判長の自宅には厳重な警備がしかれた。 家族および近しい親類にも、当分の間それぞれに身辺警護がつくことになった。 かくして、一人息子の圭斗(けいと)の護衛として、ノンキャリア組の期待の星である犬丸警部が指名されたというわけだが。 本音をいえば、実行犯の捜査のほうにまわりたかった犬丸警部である。 犯人を目撃しているとはいえ、その記憶の封印を強引にとくことは医師から禁じられている少年である。 となれば、犬丸警部の役目は、高校3年の少年のお()り役にすぎない。 不毛(ふもう)だ。 あまりに不毛で不本意だ。 せめて圭斗(けいと)が病院のベッドで当面大人しくしていてくれれば、部下と綿密に連絡をとりあいながら指示をだすことで、少しでも捜査に関わることができたものを。 事件の夜からずっと、昼も夜も目を閉じるたび奇妙な悪夢に悩まされつづけるようになって不眠症がこうじた圭斗(けいと)は、ゆうべ、思いつめた顔でトートツに犬丸警部に懇願(こんがん)をしたのだ。 「高校の寮でボクと同室だった友達が、今、地元に帰って『夢催眠(ゆめさいみん)カウンセラー』というのをやってるらしいんです。ボク、その友達に会いたいんです。連れてってください、警部さん。お願いです」 かつて圭斗(けいと)と同じ学校の高等部に通っていたものの、2年に進級して間もなく、特に理由もなくアッサリ退学した同級生だったという、月御門(つきみかど) 千影(ちかげ)。 彼を訪ねるために、こうして朝から覆面パトカー(マークX)を走らせてきたわけだが。 『夢催眠カウンセラー』という、どこを切り取ってもウサンクササしか残らないウロンな肩書きに加えて、千影(ちかげ)の暮らしている実家というのが、『榛名(はるな) 月御門神社(つきみかどじんじゃ)』という、知る人ぞ知る歴史の長い神社だとかで。 わざわざ警視庁のデータベースを駆使して調べてみたところ、どうやら昔から代々、宮司がオカルトめいた神事をおこなって評判を集めてきたようだ。 おまけに、陰陽師(おんみょうじ)として名高い安倍 晴明(あべのせいめい)の血族だというのをウリにしている。 なんでも、安倍 晴明(あべのせいめい)輩出(はいしゅつ)した陰陽師の名家『土御門(つちみかど)』家の始祖の血を継承しつづけているのが『月御門(つきみかど)』一族だとか。 「どこまでも、ウサンクサい……」 広々とした来客用の駐車場に車をとめて、歩道の先の立派な赤い鳥居を、切れ長の暗灰色(あんかいしょく)の三白眼をすがめて遠目に見上げながら、犬丸警部はボソッとつぶやいた。
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加