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兎崙姫は冷え切った声で滔々と言葉を紡いだ。
「八年前の朝貢の折、使節に我が姉上が同行した。那把哩は異民族との間に戦の火種を抱えておる。ゆえに父君が朱のご機嫌取りとして向かわせたのだ。姉上は皇帝と差し向かいに歓談する席を与えらえた。恐らくはその場で支援を申し出たのであろ。あるいは自らの身体を貢物として」
兎崙姫は両の腕で自らを抱いて云った。
「何があったのか、妾は与り知らぬ。父は知っておろうが、妾には漏らそうとせなんだ。だが事実、姉上は死んだ。姉上の亡骸は朱から帰国した使節が持ち帰った返礼の品々の箱に隠されておったそうな」
剛顔は肺腑から絞り出すように嘆息し、恐る恐る云った。
「そのような大事、寡聞にして聞きませぬ」
「当然であろ。我が方の使節も、姉上の遺体を箱詰めにしてまで隠し通した。表沙汰になれば、いかに小国とて那把哩は朱を詰らねばならぬ。そうなれば異民族相手の戦争に支援など望めぬ。ゆえに、姉上は帰国して後、流行病に罹り病死した。そうなっておる」
帰国後に死亡したのであれば、朱の側で一切記録にないとしても頷ける。訪問中は何も起きていないからだ。
「幸い、朱の後ろ盾が得られたことで異民族の相手はひと段落ついたが、燻り続けるがゆえの火種であろ。妾が此処へ献上されたのは、我が国は姉の死を完全に葬り去るという証文の代わりだ。腹を向けて這いつくばるゆえ、一朝事あらば再び助けを乞う、とな」
兎崙姫は口元を歪め、嘲笑うように云った。
「姫のもとを皇帝陛下が訪われぬのは」
「殺めた女の妹の横で寝るは、さぞ夢見が悪かろ」
剛顔は頭を二、三度振ると、一歩下がって拱手した。
「今宵の出来事、剛顔は見もせず聞きもしておりませぬ」
「済まぬな。そちに咎累が及ばぬように考えておる。ありのまま、妾の命に従ったのみと答えよ」
兎崙姫は崙馬に向き直ると、首筋を軽く叩いた。
「御然らばだ、四足の友。ぬしは天に昇り、さだめを全うするがよかろ」
崙馬は拒むように蹄を打ち鳴らし、兎崙姫の袖を食んだ。
「妾を思うなら雷部となった後、天にて泣いておくれ。さすれば涙が慈雨となり、この庭をも潤すであろ」
兎崙姫が頑として押し戻すと、崙馬はやがて諦めたように身を離した。
宙を踏む一足ごと振り返り、別れを惜しむようにすすり泣きのような鳴き声をあげながら、天に昇って行く。
兎崙姫と剛顔は、その姿が芥子粒のごとく小さくなるまで見送った。
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