プロローグ/第01話 殺人鬼の息子

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プロローグ/第01話 殺人鬼の息子

 殺人鬼の息子だと、ののしられ生きてきた。  行く先々で忌み嫌われ、迫害され、やがて少年はこの町に流れ着いた。  いや、流れ着いた――という表現は適切ではないかもしれない。  彼は自分から来たのだ。全ての決着をつけるために。  それが果てしない苦難の道であると知りながら――。  時に、昭和五十八年。  その夜、X県舞鶴市。舞鶴警察署の留置場はいつものように静まり返っていた。  私立探偵の千賀俊作(せんがしゅんさく)は鉄格子の奥に座り込む少年に言った。 「嫌疑不十分で、じきお前は釈放されるだろう。なにせ肝心の死体が出ねぇんだからな」  鉄格子の中から反応はない。千賀は続けた。 「シャバに出れば、お前はまた人を殺してまわるのか? しがねえ神社がどうしてお前の身柄をそこまで保証するのか俺には分からんが……それを飲み込む県警や検察のオツムもどうかしてる。そんだけお前が重要人物ってことなんだろうけどよ」  学生服姿の少年は何も答えない。  薄暗い鉄格子の中で、その双眸だけが輝いて見える。 「まぁ、何にせよ、だ。俺はお前の尻尾をつかむまで付きまとうぜ。殺人鬼の息子と言われるお前にだって理解出来るよな? 嫁さんを殺されておとなしく黙り込む男なんて、この世には一人もいないってこった」 「千賀、そのへんにしとけ」 「ブンさん――」  気付けば、いつの間にか隣には、ブンさんこと分水嶺留彦(ぶんすいれいとめひこ)警部補が立っていた。一介の私立探偵に過ぎない千賀が警察の留置場に堂々と出入りしているのは、このブンさんの「はからい」によるところが大きい。それだけに、彼の命令には従うしかないのが、今の千賀の立場である。 「あいつの金属バットから血液反応は?」と千賀。 「出ねえよ。んなこたぁ、お前にだって分かりきったことだろう」 「じゃあ、また瀬戸物の粉がこびりついてたってことかい?」 「そうだ。しょっぴくにしても、器物損壊が関の山だな。もっとも何を壊したのか説明のしようもないが」  千賀は苦虫を噛みつぶしたような表情をした。構わずブンさんは続ける。 「それに、これ以上の拘束は、美鶴(みつる)神社の目が厳しい」 「そこだよ、問題は。どこの世界に、神社の顔色をうかがう警察があるってんだ。どんなオカルトだよ」 「特別なんだよ。触れることは禁忌(タブー)なのさ、あの神社だけはな――」 「分からねえ。分かりたくもねえよ」  二〇分後。少年は千賀とブンさんに見送られて、舞鶴警察署の正門前にいた。  持ち物であるボコボコに潰れた金属バットも返却されている。 「とうとう一言もしゃべらねえで済ませやがった。確かにお前はたいしたタマだよ。だがな、この舞鶴って町は広いようで狭い。お前の動向なんて、その気になりゃ簡単に知れるってことを忘れんなよ」  瞬間、少年の視線が千賀の瞳を射抜いた。  その鋭さに、千賀は一瞬たじろいだが、それを悟られぬようにひときわ大きな声でしゃべる。 「分かったならさっさと消えな! どこへでも行っちまえばいい!」  そんな千賀の捨て台詞を背中に受けながら、少年は即座に舞鶴警察署を後にした。やや慌て気味にその場を離れたのは、少年がすでに、ある異変を察知していたからである。  軽く夜空を見上げ、顔の素肌全体で町中の気配を探る少年。間違いなく異変はあった。少年はその方向へと走り出す。  学生服姿に金属バットを携えた少年の見てくれは、夜の町にはあまりそぐわないものだったが、この異変を見過ごすわけにはいかないのだ。  目的地は思ったよりも近かった。近隣の植樹公園を抜けてショートカットすれば、意外とすぐにたどり着くことだろう。そこに「奴ら」がいるはずだ。  「奴ら」は強い。  仮にそれが、年端もいかない子供や、か細く可憐な女性の姿をしていたとしても、決して油断してはならない。ともすれば、大の男が数人がかりでも返り討ちに遭うこと必至なのだから。  少年は走った。夜とは言え、公園内にはいくつかの人の気配があった。だが違う。これは「奴ら」ではない。少年はスピードを緩めることなく走る。  やがて植樹公園を抜けると、深夜ゆえに人通りの少ない道路に飛び出した。  右か! それとも左か! と確認し、少年は左へ駆けていくことを選択する。  すぐに三人の警察官が見えた。セーラー服姿の少女を取り囲んでいる。こんな夜道で一人歩きしていることを問い質しているのだろう。少女は戸惑った様子を見せている。  だが、その姿や表情に惑わされてはいけない。それが「奴ら」の常套手段なのだから。  駆けゆく少年は臨戦態勢に入った。  金属バットを腰だめに構え、心のアクセルを踏んで猛ダッシュした。  勝負は一瞬でつけねばならない。  セーラー服少女と三人の警察官のところまで、あと五メートル。  少年は走り幅跳びの要領で跳躍すると、金属バットを大きく振り抜いてこう叫んだ。 「秒殺!!」
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