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記憶と幼児
自分の足で自由に歩行出来るようになると、兄は俺のそばにぴったりついて離れないようになった。
ニコイチふたごとご近所でも評判だ。
しかし双子は双子でも、俺と兄は見た目は全く似ていなかったらしい。実は二卵性であった事を知ったのは、きちんと鏡で自分の姿を見られるようになった3歳の頃だ。
顔立ちが違う、髪色が違う、目の色も違う。
兄は黒髪で緑の瞳、幼いながらに整った鼻梁。
成長と共にあの叔父に似てくるであろう事は、2人の身体的特徴の一致からも明らかだった。
一方、俺はというと、以前の灰褐色だった髪とは違い、明るい茶の髪。
…まあ、それ以外はなんか…こう、普通…。
前世では子供の頃はそれなりに可愛いと言われていたんだが、一気に平凡になった気がするな…。
もしかして大勢に紛れて気づかれにくいようにとの、"遣い"の気遣いなのか?
だとしたらそれは全くの無駄に終わってるんだが。
一番気づかれたくない人に、産まれて直ぐに気づかれていたし。
そう言えば、何故叔父や兄は俺に気づけたんだろうか。俺は全く違う容姿、違う特徴で産まれて来た筈なのに。
その謎を解き明かしたいが、それを口にすると俺に記憶があるのがバレてしまう。
俺はボロを出すまいと必死に何も知らない幼児の皮を被り、単なる人見知りの大人しい子供を装った。
だが、そんな俺の心中を知る由もない叔父は、事ある毎に話しかけてくる。
「ね、覚えてる?
マオがこれくらいの歳の頃にさ、教会で2人だけで結婚式ごっこしたよね。
あの時のマオ、可愛かったなあ。いや今はもっと可愛いよ。」
「…マオと式をあげたのはぼくだ。」
「…マオ、散歩いこっか。」
「………。」
俺を挟んで思い出話でマウントを取り合う叔父と兄。
何も答えないが俺は内心物凄く困惑している。
だって、確かに小さな頃、そんな事があったからだ。
多分叔父達が言っているのは、2人で遊んでいて、平日で人のいない教会に入った時の事だろう。
「大きくなったらけっこんしてずっといっしょにいよう。」
彼はそう言って、俺に幼いキスをしたのだ。
よくある幼馴染み同士の、幼い約束。
でも俺にはその思い出が支えで、余所見もせずに同じ男性である彼だけを見ていたし、体中からありったけの愛をかき集めて捧げた。
何年も何年も、大人になっても。
隣国との争いが激化して、戦争が始まって、村から戦力になる男手を出さなきゃいけなくなった時も、その時病を患っていた彼に代わり、俺が手を挙げた。
体格も体力も劣る俺が生きて帰れる筈が無い、やめてくれと何度も止められた。
けれど、ならば病の彼を行かせられるのかと言えば、それは無理だった。
伝染る病ではないが、治すには静養が必要な病。
今はまだ体力があっても、医療の行き届かない戦場に出れば必ず悪化するだろう。
そして、村には兵士になれる程若い男手は、少なかった。
彼の代わりに、俺が行く。
そして必ず生きて帰って来て、彼と生きるからと、俺は何度も彼に言った。
約束した。
約束したのだ。
だから俺は約束を守った。
敵にやられて壊死した足を切り落とし、生死の境を彷徨っても、戻った。使い物にならないからと除隊され、不自由になった足で長いことかけて村に戻って…そして、一人で死んだ。
けれど、俺が村に戻って、森の沼で死んだ事なんて彼は知らない筈だ。きっと戦場で死んだと思っていただろう。だからこそ、妹と…。
その時の光景をまざまざと思い出し、蘇ってくる絶望感で胸が苦しくなる。
「…散歩はいかない。2人でいけよ。」
俺は2人から離れ、1人で子供部屋に入りドアを閉めた。
久々に嫌な記憶を引きずり出されて、普通の状態を保てなかったのだ。
子供らしい喋り方を作る事も、忘れ。
そんな自分を 叔父と兄がどんな表情で見ているかなんて、考える余裕もなかった。
その行動が2人にある確信を与えてしまう事になるとは、夢にも思わず。
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