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記憶 2 (玲side)
戦場に行く事を決めた恋人の意思を覆す事は叶わず。
俺に出来るのは、彼が発つ日までの数日を一緒に過ごす事だけになった。
恋人が発つ日までの数日、俺達は殆ど一緒に過ごした。
今迄多少は気にしていた他人の目すら、もう気にならない。別れまでの限られた時間を思えば、そんな余裕はなかった。
朝起きて共に食事を作り食べて、畑の手入れをしに行き、汚れた服を洗いに一緒に川に行く。ついでに体を洗い、濡れた体で抱き合ってキスをして。
家に戻ればまた一緒に夕食を作り、食卓を囲み、笑って話をして、夜は寄り添って眠る。
幸せだった。
でもそんな夫婦のような幸せな暮らしは、恋人が戦地に発つその日迄の期間限定。
「帰ってきたら、どの町に住もうか。」
「ここから遠い方が良いな。南部とかなら少しは暖かいと聞くぞ。」
「南部かあ。何が美味しいんだろ。」
屈託なく笑う恋人の笑顔に胸が詰まった。
行かせたくない。
行かせたくない。
戦争になんか行って、本当に無事に戻れるかなんてわかるものか。
こんな頼りない細腕で戦える訳がない。
俺がついて行って守ってやらなきゃ、直ぐに殺されてしまう。
気が気じゃなくて、食事の最中でも、何をしている時でも突然彼を抱き締めるようになってしまった。
一緒にいるのを幸せに感じる程に、不安は濃くなっていく。
どうして俺は 今、 病なんだろう。
毎晩のように抱き合った。
俺の体の事を気遣って、恋人は俺に負担がかからないように上に乗って腰を振ってくれた。
普段大人しい彼の扇情的な姿は俺をひどく興奮させた。
彼の後始末の負担を考え、日頃あまり中に射精しないようにしていたのに、出立が決まってからの彼は中に強請るようになって、それが愛しかった。
彼だって辛いのだ。
俺と離れる事が。
それでも俺の代わりに、俺の為に、勇気を振り絞って手を挙げてくれたのだろう。人一倍、怖がりの彼が…。
それなら俺も心を強く持たなければ、と俺は考えるようになった。
恋人の覚悟に報いるには、彼が帰って来る迄にこの病を治し、何時でも一緒に此処から旅立てる用意をしておく事だ。
そう、心に決めた。
出立がいよいよ翌日となった日の晩、彼は何時もより激しく俺を求め、そして俺が寝入っていた朝方、一人でそっと出ていった。
目を覚ました時には彼はとうに出立した後。
見送る事すらしてやれなかった。
ベッドから出て顔を洗い着替えた俺は、何時もと同じように畑へ向かい、手入れをし、彼が丹精していたトマトの実が色づき始めた事に気づいて、泣いた。
待つ日々は始まったばかりだというのに、もう全てが終わった気がした。
それでも俺は何とか日々を暮らした。
慣れない環境で必死に耐え抜いているであろう恋人を思って。
一年が経った頃には、病は殆ど完治に近い状態にまでなった。
しかし聞こえてくる戦況には未だ大きな変化はない様子。
俺は焦れた。
何でも良いから早く彼を返してくれと、朝に夕にそればかりを願った。
そして2年が過ぎようとしていた時、彼の妹が家を訪ねてきたのだ。
震える手に、彼の訃報を持って。
世界が瓦解していく。
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