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錆びた天秤
あなたは誰かを殺したいと思った事は無いだろうか。
理由はどんなものでもいい、ほんの些細な事でも構わない。
悪口を言われた、足を踏まれたのようなものでも。
いじめられた、暴力を振るわれた、人間としての尊厳を壊された。
理由は何でも構わない。
恐らくだが先ほどの質問に『ない』と即答できるのは、よっぽど恵まれた環境にいたか、何も考えていない馬鹿だけだ。
大抵の人間はその思いの強さに強弱はあれど、殺してやりたいまたはいなくなってもいいと考える人間がいるだろう。
だがその思いのままに行動する人間はそう多くない。
誰もが分かっているからだ、人を殺すのはよくない事だと。理性でブレーキをかけるのだ。
どれだけ相手に苦しめられていようが、『人を殺してはいけない』というルールを破った時点で自分が社会的弱者となり、大罪人となり、二度とまともに暮らしていけない事を理解しているからだ。
だから耐える、我慢する。
理由もよく分からないままいじめられて不登校になろうが、理不尽に耐え続け心を病み職を失おうが耐える。
親に精神的・肉体的暴力を振るわれようが、夫からぶたれようが、妻から言葉攻めにあおうが我慢する。
そしてみんな死んでいく。
世を、人を、そして何より無力な自分を恨んで死ぬ。
未練を残し、恨みを残し、ただただ後悔と砕けた誇りの欠片を抱いて。
来世への期待を込めて死んでいく。
相手と同じにはならなかったと、無抵抗を貫いた自分を誇らしく思いながら死ぬ。
死んでいった人間たちは、分かっていた。
誰も殺人を肯定してはくれないと。
ではもし仮に、殺人を肯定されたらあなたはどうするだろうか。
仲間内の慰めではなく、公式に殺人が肯定されたとしたならあなたはどうするだろうか。
書類を書き、審査を受け、正式に国から『あなたは○○を殺していい』と許可を得たなら。
殺す事でしか、相手がこの世からいなくなることでしか前に進めなかったとしたら。
あなたは許可を取って人を殺すだろうか。
もう一度だけ聞かせてほしい。
誰かを殺してやりたいと思った事はあるだろうか?
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