錆びた天秤

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「ともかくあなたに押し付けられた仕事の量は明らかに異常だった、そんな量の仕事をこなしていればどうやってもミスは出る。それも確認できました、ですがそれはほんの些細なミスだった。違いますか?」 「そうです……あいつは、あの男は……私に馬鹿みたいな量の仕事をふってきて……まともに寝れない中で終わらせて提出した書類を、感じが一文字間違っていたからって職場の全員の前で破り捨てたんです……たった……たった一文字ですよ……?」  晴美の手には力がこもる、今にも爆発しそうな思いを手の平の痛みと引き換えに彼女は耐えていた。   「ひどいなあ、うちの井草なんてちょーっとしたミスくらいなら笑って許してくれるのにな」  特にリアクションも無く、井草は話を続ける。 「そんな明らかなモラルハラスメントを受けているあなたを、周囲の人間は誰一人助けようとはしなかった。いや、助けられなかった」 「あの男は普段は馬鹿で仕事の一つもまともにできないのに、そういった根回しだけは無駄に上手かったんですよ。強い上司に媚びを売って、自分の立場を強くし周囲の部下には裏切り者がでないように監視させていましたから」 「いますよね、そういう人の為にならないスキルだけあるやつ」 「やがてあなたは限界を迎え、精神と体を病み退職。しかし斎藤さんには何の処罰もなかった」 「……私はあいつのせいで仕事を辞めた今でもまともに眠れない、食事もまともに喉を通らない。収入もなくなって、今は貯金を切り崩しながら生活してる。なのにあいつは……まだのうのうと暮らしてる、冗談みたいな注意を少し食らって今でも生活に困らない程度の地位にいる。私はそれが……それが……」  彼女は見た目以上に饒舌だった、恐らく普通の会話はまともにできないだろうが斎藤の事となると口が良く回る。  憎しみと怒りの脂は、彼女の舌をおぞましく光らせていた。
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