サンタがジャージでやってきた

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 パパはリビングに入ると、懐かしそうにあちこちを見て回っていた。  それからニャンコの写真付きのカレンダーの前で足を止めた。 「そうか、もう2年経ったんだな」  独り言のようにそう呟いたパパは少し寂しそうに笑ってから、天井を見上げていた。  それがなんだか悲しそうに見えたから、僕は最近飼いはじめた金魚を紹介した。  食いしん坊のキンタ、ちょっと臆病なハチベエ、あばれん坊のデンスケ。  金魚の名前を教えるたびに、そうか、そうか、と笑いながら頷いてくれるパパは、もう寂しくなんかなさそうだった。  僕は嬉しくなって、反対側の壁に飾ってある絵を外してパパに見せた。 「僕ね、文化祭で金賞をもらったんだよ! 絵のタイトルは、楽しかったこと!」  得意げに言った僕の手の中では、僕と、ママと、そしてパパがご飯を食べながら笑っている。 「描いているときにママは、パパがいるのはおかしいよって言ったけど、僕、どうしてもパパも描きたかったんだ。そしたら先生がパパが一緒にいるのがとても素敵だよ、ってすごく褒めてくれたんだよ!」  僕がそう言うと、パパは唇を噛んだまま黙ってしまった。  なにか悪いことを言ったのかと思ったら、パパが絞り出すような声で、ありがとう、って言ってくれた。  そしたらパパはいきなり後ろを向いて窓からベランダを眺めはじめた。  肩が震えていたから泣いているのかと思ったんだ。  でもパパは、嬉しくて笑ってるんだって。  それを聞いて、やっぱり僕はパパを一緒に描いて良かったんだ、って思った。  ひととおり部屋を見終わったパパは、お気に入りのソファーに腰掛けた。  すごく嬉しそうな顔をして、ここがいちばん落ち着くよ、って笑っている。  それからゆっくりと寝転がって、最高だー! なんて言って手足をバタバタさせた。  僕はそれが面白くて笑ってしまった。  僕が本当に見たかったものが目の前にあった。  パパがいつものジャージを着て、いつものソファーに横になってる。  この風景が、僕はいちばん大好きだったんだ。  しばらくパパと話をしたあとで、僕はサンタさんが置いていったラジコンで遊んだ。  上手いなあと褒めてくれるから、僕は嬉しくなっていっぱいスピードを上げたりした。  ソーシャルなんとかのせいでパパの近くには行けなかったけど、そんなのは関係ないぐらいものすごく楽しかった。  ラジコンが終わってから、パパとしりとりをした。  幼稚園のころは毎日のようにこうしてしりとりをしてたから、すごく懐かしくて楽しかった。  パパは、ずいぶん言葉を覚えたんだな、とまた僕を褒めてくれた。  ママの言うとおりにたくさん本を読んだからだよ、と教えると、パパはなんだかちょっと悲しそうな顔をした。  しばらく遊んでいるうちにお腹が空いてきたから、僕はママが作ってくれた肉だんごを冷蔵庫から出して、チンして食べた。  パパはお腹が空いていないからと言って、僕が食べているところを向かい側から楽しそうに見てた。  僕が夕ご飯を食べ終わって流しに食器を置いたときに、偉いなと言ってまた僕を褒めてくれた。  お前はちゃんといい子に育ってるな、なんて、ちょっと他人みたいな言い方だったのが嫌だった。  そんなことは気にしないようにして食器を洗ってテーブルに戻ると、さっきとは違ってパパがちょっと真面目な顔になった。 「なあ柳太、今日パパが来たこと、ママに言うか?」  僕は、もちろん、と答えた。  そしたらパパの顔が曇った。 「本当はな、今のパパはお前にも、もちろんママにも会っちゃいけないんだ。だからきっとママはパパが来たなんて知ったらすごく驚くと思うんだ。それと…」  パパはそこですごく辛そうな顔になって、そのまま少しだけ黙った。 「パパはもうそろそろ帰らなきゃいけないんだ」  僕はパパが何を言っているか分からなかった。  おそらく夜の9時過ぎにはママが帰ってくる。  その時間は本当はお風呂に入ってパジャマに着替えていないとだめな時間だけど、今日はパパがいるからママと三人で遅くまで遊ぼうと思っていたのに! 「やだよ! 僕はパパとママと一緒に遊びたいよ! ねえ、今日は僕と一緒に寝てくれるんでしょ? 明日は日曜だからみんなで遊びに行こうよ!」  パパはすぐに困った顔になった。  それからしばらくパパは難しい顔で何かを考えていたみたいだけど、少しして顔を上げた。 「柳太、お前はもうママを守れる男だ。そんなカッコいい男がわがまま言っちゃダメだ。もしお前が今日、わがままを言わないでパパとさよならできるならパパの秘密をお前に話す。どうだ、守れるか?」  僕がうん、と言ったらパパはあと少しでまたいなくなってしまう。  でも、パパの秘密はものすごく知りたい。  本当はどうすればいいのか訳が分からなかったけど、僕は思い切って、うん、と言った。  そしたらパパは指切りげんまんをしようとこっちに 手を伸ばしそうになって、慌てて引っ込めた。 「ソーシャルディスタンスだったな」  そう言って笑うパパの目が細くなった。 「いいか、聞いて驚くなよ。実はパパはな、サンタクロースなんだ」
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