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2「嘘つき男の精霊講義」
森と街に境界は存在しない。
森から伸びた木の根が建物にまで侵食していく為だ。切り裂いても切り裂いても侵食は留まることがない。
木々にめり込むように、半分だけ顔を覗かせた標識や根でひび割れたアスファルトが近くに街がある事を告げる。
「良かったよ、本当次の街が近くて」
「まあ、そういうなって。若気の至りって言葉があるだろう。過ぎたことをくどくどと悔やんでいても気が滅入るだけだし、終わったことは気持ちをカラッと切り替えて」
「お前はもうちょい懲りろよ!!!!!!いい加減怒るぞ」
「殴ってから言うなよ、俺が丈夫だから良いもののこれが」
饒舌を披露しようと口調を早口にし始めたように見えたディープだったが語りをぴたりと止める。
瞳は進行方向に向けられていた。
根に覆われた石の壁に切れ目が見える。
人が立っているようだった。
分厚い服で手には銃を持っている。
ディープは上着を探ってコンタクトケースを取り出しソウルに渡した。
「つけとけ」
黙ってソウルはそれを受け取ると見張りが立っているところから見えないようにゴーグルを外して取り付ける。
「そこの連中、とまれ」
案の定、街に入ろうとすると見張りに呼び止められた。
問答無用で銃を突きつけられる。
「目に何をつけている」
「何って、見てわかんないかな。眼帯とサングラスとゴーグルだけど? もしかして俺のサングラスがお洒落過ぎて嫉妬し」
突きつけられた銃が眼前まで引き上げられた。
「外せ、と言っている。おっと、目は合わさないようにだ。目があえば、即座に射殺する」
「目をあわせずにサングラス外せって、そりゃあちょっと乱暴なんじゃないか。そりゃあまあ気持ちは分かるよ。サングラスにゴーグルは魔眼者の共通装備だか」
「外せ」
これ以上の発言は許さないという固い決意が、強い眼差しに現れている。
やれやれとディープは右手を上げた。
そして、指先をこすりあわせる。
指の合間からどろりと黒く透明な液体が流れ落ちる。
「お兄さんたち、魔力がまさか感知出来ないとか言わないだろ」
とめどなく溢れる闇は手から溢れ落ちては霧散して消えていく。
「魔眼者は精霊魔法を使えない。これは世界共通の常識だ。どこを探しても魔眼と精霊の力の両方を宿すものはいない。俺達は三人とも精霊の加護持ちだ。それでいいだろう?」
「げ、幻覚を見せてるんじゃないだろうな!!! 目をあわせたな貴様!!!」
「幻覚じゃないっての、お兄さんたちまさか精霊の加護を受けていないのか。まさか、そんな事無いよなあ。この世界で精霊の加護を受けていないのは魔眼者だけ。魔眼者以外で精霊の加護を持っていないとしたら、落ちこぼれ以外の何者でもない」
まくしたてられる言葉に見張りは声を失う。
ディープが口にしたのは紛うことなきこの世界の常識で、正論だった。
「ま、待て」
もう一人の見張りが思い出したように声を張り上げる。
「騙そうっていったってそうはいかない。そんな黒い魔力今まで見たことがない。水でも火でも木でも土でも風でもない。似せて作った偽物だろう。魔眼の力で作ったな!!!騙されんぞ」
「外せない理由があるなら言え!!!」
「疑りぶかいなあ、おいジュライ」
「あいよ」
徐にジュライは髪をかきあげて眼帯を外した。
醜く右反面に広がる火傷の痕が晒される。
外れた眼帯の中には何も無かった。
「目、目が!!!目が!!!!!」
「お兄さん達も経験あるだろ。幼少期の精霊力の暴走ってやつ」
かざした左手に炎をまとってジュライは自虐気味に笑った。
「ちょっと力が強すぎてやっちゃったんだよ。文句ある?」
見張りは言葉を失う。
流石に衝撃的過ぎたのだろう。
ジュライは眼帯を元通りにつけ直した。
「じゃ、じゃ、じゃあそっちのやつは」
見張りが指差した時にはソウルは既にゴーグルを外していた。
黒い瞳で見張りの男達を眺めている。
ゴーグルを持つ指の先から滴っているのはサラサラと流れる清流だ。
「ま、分かったろ。俺達は三人とも精霊の加護持ちだ。火と水の加護は流石に基本だしお兄さん達間違えないよねえ。俺に関しては間違えても仕方ない。闇の加護持ちが珍しいのは知ってるから」
「じゃ、じゃあなんでお前はサングラスを外さない!!!」
「闇の加護持ちは目が弱いんだよ。この事は精霊歴2012年に書かれた書籍にしっかりと記述されており、文献によると闇の精霊というものは」
喋りながら内ポケットから本を取り出そうとするディープの手を見張りが静止する。
「分かった、分かったから入っていい」
「どうもありがとさん。この御礼は必ず。そういえば、前に行った街でとても美味しい」
「いいからお前はもう喋るな!!!」
「人の事銃で脅した上に指差してお前呼ばわりなんて、お兄さんたちちょっとしつれ」
「はいはい、行くよディープ」
間髪入れずにジュライがディープの腕を掴んで門へと入っていき、後にソウルが続く。
見張りの男達に向かって笑顔で手を振って、進行方向に向き直るディープにジュライが嘆息する。
「で、いつから闇の加護持ちって目が弱くなったんだよ」
「闇の加護持ちって目が弱いのか。そうか、それは知らなかったなあ。殆ど知られていない稀属性だし、加護持ちの俺ですら聞いたことがない」
そう言いながらディープが懐から覗かせたのは先程取り出そうとした文庫本だ。
しっかりと表紙に「貴方の瞳にラブロマンス」と書いてある。
「本当によくやるよ」
見張りの男達は三人が過ぎ去った後、大事なことに気がついた。
三人が街に入る目的を聞きそびれたことに、だがディープの饒舌を思い出し、追うのを躊躇う。
「怪しいが、悪い連中には見えなかったしな」
「聞きそびれた事他の連中には言わないでくれよ」
愚痴り合って苦笑するのだった。
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