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分厚い雲のせいで夕焼けにもならず、視界のグレーがだんだん濃くなって、砂浜にまばらにいた人たちもいなくなった。金曜の夜、海に用のある人などいないのだろう。足跡も見えなくなった暗い海岸に聞こえるのは、寄せては返す波の音だけだ。
潮風は鼻先が凍るほど冷たい。水に入るまでもなく、ここに薄着で眠れば、きっと朝までには死ねるだろう。
「雪……?」
日が落ちて気温が下がったのか、霙は、いつのまにか雪に変わっていた。
ああ、きっとユキヤさんが呼んでくれているんだ。
「みそれ」
わたしを呼ぶユキヤさんの声が好きだった。
柔らかな声で、穏やかな笑顔で、優しく包んでくれた人。
どこにいても嫌われるわたしを、唯一愛してくれた人。
わたしがこの世界から、消してしまった人。
コートのポケットから、睡眠導入剤を取り出した。この薬で死ねないのはわかってる。でも、極寒の砂浜で眠る助けにはなるはずだ。
バッグに入れてきたのは、ユキヤさんが遺した洋酒のミニボトル。名前も知らない琥珀色のお酒はきっと、かつての持ち主のところへ、わたしを連れて行ってくれるだろう。
水色の錠剤を舌に乗せ、ミニボトルをあおって一気に流し込む。喉から胃までが焼けるように熱くなり、思わず胸を押さえると、まだ酔ってもいないはずなのにクラリと目眩がした。
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