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「今日、お母さんからお漬物いただいたけど……切る?」
「来たの?」
「ええ、お昼過ぎごろ」
わたしの母はもう亡くなったので、「お母さん」と言ったらアサくんの母親しかいない。
アサくんはお料理をテーブルに運びながら、眉をひそめた。
「みそれさん、何か言われなかった?」
「……」
「あの母親、また何か」
「ううん、特には」
このマンションの所有者はアサくんだから、お母さんが突然やってくるのは、別におかしいことじゃない。
おかしいのは、わたしがここに住まわせてもらっていることのほうだ。お母さんにしてみれば、手塩にかけて育てた将来有望な息子が、なぜわたしなんかの面倒を見ているのか、理解できないだろう。
「ごめんね、あの母親白菜漬けるのが趣味みたいなもんだから。冬は誰かにあげたくて仕方ないんだよ」
「アサくんの好物なんでしょう? 柚子は無農薬のを取り寄せたのよって、おっしゃってたわ」
「勘違いしてるんだよ。白菜漬けが好きだったのは俺じゃなくて──」
アサくんの言葉は、そこで途切れた。その不自然さをごまかすように彼が、料理を並べ終わった食卓に、そそくさと座る。
もう、名前を聞いただけで泣いたりしないのに。
そう思うけれど、わたしは彼の厚意を無駄にしたくなくて、気づかないふりをした。
漬物を切るかどうかの返事がなかったので、とりあえずエプロンで濡れた手を拭いた。わたしが向かいに座らないと、アサくんは食事を始めない。
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