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「いただきます」
「いただきます」
左利きのアサくんが箸とお茶碗を持つと、自分を鏡に映したみたいに見える。一緒に住んで一年になるのに、今でもふと、ストンと落ちるような違和感に胸が震える。
あぁそうだ、アサくんだ。
あの人じゃないんだ、と。
「漬物って、一汁三菜の一菜に数えてもいいのかしら」
わたしが以前からの疑問を口にするとアサくんは、口の中のものをちゃんと飲み込んでから首をかしげた。
「どうだろ、考えたこともないな。てゆうかみそれさん、毎日こんなにいろいろ作らなくてもいいよ? カレーにプチトマトだけとかでも、全然いいんだし」
カレーを二人分で作るのはどうなんだろう。一晩寝かせたものが美味しいと聞くし。でもアサくんが食べたいものなら、鍋にカレーが残っていても、困ったりはしないのかな。
わたしがいなくなっても。
視線を下げたわたしに、アサくんの箸が止まった。
「もしかして、うちの母親が言ったの? 食事は一汁三菜で出せって」
「違うの、お母さんじゃなくて」
「じゃあ──」
アサくんはその先を言わなかった。彼の頭にはたぶん、お兄さんの姿が浮かんでいるんだろう。間違いではないから否定できないけれど、彼はきっと、誤解している。
わたしは一汁三菜を作るよう、命令されたわけじゃない。
献立をまともに考えることもできなかったわたしに、あの人は「こういう考え方もあるよ」と教えてくれただけだ。唐揚げとハンバーグとカルボナーラ、それに白菜漬けを出してしまうようなわたしに、主菜と副菜という概念や、野菜や果物に旬があることを教えてくれた。
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