モータードライブ

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モータードライブ

物心ついたときからその音は聞こえていたが、それが何なのか、何をしているのかがわからなかった。以前にも聞いたことのある音だが、今まで気になったことはなかった。 日の出の数分前に喜多の町に着き、そのまま駅に向かった。運良く車の少ない静かな駅を見つけ、外から見える場所に自転車を停めることができた。雪が解け始めた美しい春の朝だった。私たちは今日一日電車に乗って過ごすことに決め、電車が来るのを待つ間、少し仮眠をした。 ガチャガチャした喧騒がまどろみを妨げた。駅舎はローカル線のパークアンドライドを担うショップを兼ねている。空気入れやパンク修理で地域住民の足を支えているようだ。店を始めようとしていた若い女性を見かけたので、私たちの自転車を最初に見てもらうことにした。私は唸る音がしないかと聞いた。 これで何回目だろうか。騒音に関しては数々の検査でも原因不明だった。器質的なものでも神経性でもないらしく耳鳴り改善の薬を不承不承、飲んでいる。 彼女は何も見ていないというので、駅に戻ると、他の数人のバイクライダーが始発電車を待っていた。1両目は何事もなく通り過ぎたが、2両目が止まり、運転手が降りてきた。彼は、自転車を駐車場の真ん中に置くよう注意した。黒ヘルの男が「へぇへぇ」と嫌そうに従った。 彼のバイクは、他のバイクライダーと違い、エンジンやフレームなどが真っ黒だった。 この黒い車両に乗ることになったのは単なる偶然だったが、これでも私は乗るのか、見るのか不安になった。しかしバイクにはあまり興味がなかったし、自転車に乗るときも他のバイクライダーと違い、自転車に熱中していたので、それは気にならなかったが、何かしらの理由があってこのバイクが必要になったのだろうとは思った。そうするとだんだん興味がわいてきた。そうするとだんだん興味がわいてきた。こんな黒い車種は見たことがない。カウルは艶やかでカラスの様だ。フロントサスペンションとフォークは太く力強い感じである。そしてなにより、タイヤとチェーンのカバーが異様な迫力を出していた。タイヤはオフロードバイクのような太いものだ。前輪には泥よけがあるが後輪にはない。ホイールも普通のロードレーサーとは違う、リムが大きくて細いものである。 物欲しそうに眺めていると「乗ってみないか」と誘われた。 いやさすがにこんな田舎でナンパは無いだろう。しかもその時の服装は太腿の付け根ギリギリの短パンと見間違える丈のデニムミニにビーサンだ。ペダルを踏む靴ではないし中に黒パンを履いているとはいえスカートでタンデムは辞退したい。 「遠慮しておくわ」と言う私を無視して、黒ヘル野郎は私の背後に回り込み、ハンドルの高さ調節などを始めたのだ。なんとなく悪い人ではなさそうだと思った私はされるがままになっていたが……、 その作業中も絶えず大きな金属音のようなものが発生していたのだ。それはもうもの凄くうるさいのである 私の脳裏にある単語がちらつき始めた。 キーン キーーン キキキンッ (あー、この音が聞こえる) (いつもと同じ、うるさくて嫌いな音のはずなのに、今はなぜ?) そしてとうとう我慢できなくなって私は後ろを向いて彼に尋ねた。 「ねぇ、この音なんとかならない? オッサンのバイク、壊れてるんじゃないの?」 すると相手は黒ヘルを脱ぎ去った。ふわっと金髪が風になびく。ハスキーな声にてっきり騙されていた。キュートな唇とツンと尖らせて眉を吊り上げる。 「そんなことないわ、正常よ。ほら!」と言って自分の愛車の車体の下側を見せた。獰猛な野生が息づいている。もうたまらなくなって気づいたら駅前広場を十周していた。350ccの爆音がちょうどいい。目が回ってブレーキを掛ける頃にはすっかりバイクに心を奪われていた。耳鳴りどころではない。 「もう少し乗っていてもいい?」と尋ねると、「あなたはバイクのことはよく知らないみたいだからもう貸しません」と笑って言われた。後で聞くところによると愛車を傷める乗り方をしていて気が気でならなかったようだ。 それでも私は「もう少しだけ」と言わない女なので、何か他にやる事があると思っていた、のだが「次のバスに乗るから待っていて」と言われた。 その間「バイス、バイス」と言い続けるので、意味がわからずしばらく立ち尽くしていると彼女は舌を出してウインクした。 そうしてまたヘルメットを被ったかと思うとその後ろには黒い大型バイクが現れた。そういえば駐車場には彼女専用の白いバイクもあった。二台あるらしい。お嬢様が車でなくバイクやバスに乗るなんて不自然だ。何か裏がある。 私は駐輪場に戻るふりをして彼女のバイクを観察した。エンジンカバーの上に赤いLEDライトがあり、それを触ると光り出したのがわかった。これはヘッドライトだったようだ。バイクにはあまり詳しくないが、最近のバイクにこんなものはついていないはずである。どう見ても市販品ではなくカスタムされたもののようだった、ということは、彼女が自分でやったということだろうか。バイクの免許を持っていることは確かだが。 私が見ている間にも彼女は颯爽とバイクに跨る。そして「じゃ、また」と言うなりアクセルを吹かし駐車場から出ていった。私は慌てて、駅前のバスターミナルに向かい、2つ目のバス停の近くで彼女を見つけた。 「あれはなんなの?」と単刀直入に聞いた。彼女は「私の相棒、かな」と言ったが、まだ納得がいかなかった私は、彼女に付きまとった。しかし、いくら聞いても「ダメなものはだめ、教えてあげない」 そして彼女はバイクのエンジンをかけ走り出してしまった。 キンキンという残響を置き去りにして。「バスに乗るんじゃなかったのか…なぜ私が逆の立場に」 考えるほど謎が深まる。そういえば車内の様子が変だった。乗客は高齢者ややつれた人ばかり。窓枠と中吊り広告にグレーの縁取りがあった。
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